バングラデシュのシェイク・ハシナ(Sheikh Hasina)前首相は、2026年12月までにインドから帰国する意向を示した。78歳のハシナ氏は、帰国すれば殺害、逮捕、収監の可能性があると認識しているとした。具体的な日程や帰国後の法的手続きは明らかにしていない。

AFPが7月29日に配信したインタビューによると、ハシナ氏は「自分の運命は十分に分かっている」とした上で、国民に呼ばれているため戻りたいと電子メールで回答した。現在はインド国内の非公表の場所に滞在している。

2024年の政権崩壊から死刑判決へ

ハシナ氏は学生主導の抗議運動が拡大した2024年8月、15年間に及んだ政権を追われ、ヘリコプターでインドへ逃れた。国連は抗議運動と弾圧による死者を約1400人と推計している。この数字は推計値であり、最終的に確定した人数ではない。

2024年8月、ハシナ氏の辞任後にダッカのシャハバーグ広場を行進する学生と市民(資料写真)

バングラデシュの国際犯罪法廷(International Crimes Tribunal)は2025年11月17日、抗議運動への弾圧を巡る人道に対する罪でハシナ氏とアサドゥザマン・カーン・カマル前内相に死刑を言い渡した。両氏への審理は欠席裁判だった。検察側証人となったチョウドリー・アブドラ・アルマムン元警察長官には禁錮5年が言い渡された。

Human Rights Watchは、被告が自ら選んだ弁護人を付けられず、証人を十分に尋問する機会も保障されなかったとして、審理が国際的な公正裁判基準を満たさなかったと指摘した。同団体は死刑そのものにも反対している。国際犯罪法廷は名称に「国際」を含むが、国際機関ではなくバングラデシュの国内法廷である。

ハシナ氏は判決と弾圧責任を否定

ハシナ氏は死刑判決を「法を装った政治的報復」と位置づけ、過剰な武力行使を認めていない。AFPへの回答では、当時の政府は最大限の忍耐を示し、学生運動を平和的解決へ導こうとしたと主張した。犠牲者の遺族には同情を表明したが、正式な謝罪はしなかった。

この説明はハシナ氏側の主張である。Human Rights Watchは、法廷で扱われた証拠に当局者との会話の録音が含まれ、致死性兵器の使用を命じたように受け取れる内容だったとしている。弾圧の責任追及と、被告の公正な裁判を受ける権利は別に検証する必要がある。

引き渡し要請は印が審査中

バングラデシュ政府はインド政府にハシナ氏の引き渡しを正式に要請した。AFP報道では、インド側は7月29日時点で要請を審査中としており、結論や判断時期を示していない。ハシナ氏は、インド当局から引き渡しについて説明を受けておらず、自ら帰国を決めたと述べた。

帰国表明が実行されれば、死刑判決を受けた本人の身柄と、欠席裁判で十分だったのかという手続きの問題が同時に焦点となる。具体的な再審や不服申し立ての扱いは示されていない。

総選挙後はラーマン政権

バングラデシュでは2026年2月12日、2024年の政変後で初めてとなる総選挙が実施された。選挙管理委員会の官報によると、バングラデシュ民族主義党(Bangladesh Nationalist Party、BNP)を中心とする陣営は、投票が行われた299選挙区のうち212議席を獲得した。ハシナ氏のアワミ連盟は選挙への参加を禁じられていた。

BNPのタリク・ラーマン党首は2月17日に首相へ就任し、ムハマド・ユヌス氏が率いた暫定政権から政権を引き継いだ。ラーマン氏自身も英国での17年間の滞在を終えて2025年12月に帰国している。ただし、同氏の帰国時と異なり、ハシナ氏には死刑判決と引き渡し要請がある。

日本の外務省はハシナ氏への死刑判決後、バングラデシュの治安悪化に注意を呼びかけた。一方、判決の妥当性やインドへの引き渡し要請を日本政府が評価した公式資料は、本稿執筆時点で確認できていない。

よくある質問

ハシナ氏はいつ帰国すると表明したのか
2026年12月までに帰国する意向をAFPへの電子メールで示した。具体的な日程は公表していない。

ハシナ氏にはどのような判決が出ているのか
バングラデシュの国際犯罪法廷が2025年11月17日、2024年の抗議運動弾圧を巡る人道に対する罪で、欠席裁判による死刑判決を言い渡した。

インドは引き渡しに応じるのか
インド側はバングラデシュからの要請を審査中としている。2026年7月29日時点で結論と判断時期は明らかになっていない。

現在のバングラデシュ首相は誰か
BNPのタリク・ラーマン党首である。2026年2月の総選挙後、同月17日に首相へ就任した。