インドのAI政策で焦点となっているのは、計算資源と人材を誰に開くかという問題だ。元インド大統領A・P・J・アブドゥル・カラム氏の顧問だった科学者スリジャン・パル・シン氏は、2026年7月にRT Indiaの番組「In Conversation」で、インド工科大学(Indian Institutes of Technology、IIT)への依存を改め、幅広い高等教育機関と民間企業を政策の対象に加えるよう求めた。
「IITにすべてを求めている」 シン氏が政策転換を提言
RT.comの配信記事を転載したIndia Gazetteによると、シン氏はIITを高く評価しながら、インドは特定の系統の教育機関に頼りすぎ、「IITにすべてを求めている」と指摘した。AIへのアクセスを広げるには、政策の重点をIITから幅広い高等教育機関へ移し、機関間の競争を促す必要があるとの考えを示した。
シン氏は、欧米のAI研究が企業主導の競争へ移ったとの認識も示し、民間企業を政策転換に組み込むよう訴えた。提言の軸は、IITの役割を否定することではない。研究、人材、事業化を担う主体を増やし、AIを一部の名門校に閉じないことにある。ただし、IITへの集中度や、それが研究成果を押し下げたことを示すデータはインタビューで示されていない。
政府計画は地方都市と民間企業まで対象
インド政府の既存政策には、シン氏の提言と重なる部分がある。政府は2024年3月、5年間で1037億1920万ルピーを投じるIndiaAI Missionを承認し、1万基以上の画像処理装置(Graphics Processing Unit、GPU)による共用計算基盤、人材育成、データ基盤、スタートアップ向け資金など七つの政策分野を掲げた。政府資料も計算資源へのアクセス拡大と官民連携を目的に明記している。
計算基盤は当初計画を上回る規模へ広がった。電子・情報技術省が2026年3月に国会へ示した資料では、共用基盤に3万8000基超のGPUが登録され、政府機関78件、スタートアップと中小零細企業46件、創業初期企業30件、研究者・大学27件、学生5件など計190件が承認された。利用先は大学に限られず、企業、行政、学生まで含む。
人材育成も大都市の大学から外へ広げる設計だ。政府が2025年12月に国会へ提出した説明では、IndiaAI FutureSkillsは博士課程500人、大学院5000人、学部8000人を支援し、NIELITを通じて地方都市に27カ所のData and AI Labsを設けた。さらに27州・連邦直轄領の産業訓練校とポリテクニック計174校に追加拠点を承認した。IIT以外へ教育機会を広げる政策は、すでに実施段階に入っている。
「2500万時間」は独立確認できず
シン氏はインタビューで、インドでは約2500万時間のAI研修が実施されたと述べ、AI人材育成の成果として評価した。しかし、報道には対象期間、受講者数、研修を集計した機関が記されていない。政府資料はFutureSkills PRIMEの登録・受講者を162万9000人超としているが、研修時間の総計は示していない。二つの数字が同じ事業を指すかも確認できず、2500万時間はシン氏の説明にとどまる。
シン氏は、インドのAI開発が中国、台湾、米国に追いついたとは考えていないとも述べた。政府のGPU登録数は供給規模を示すが、実際の稼働率、研究成果、基盤モデルの性能を直接示す数字ではない。計算資源を増やす政策と、国際競争力の向上は分けて見る必要がある。
UPIの成功をAI政策の終点にしない
シン氏は、統一決済インターフェース(Unified Payments Interface、UPI)をデジタル政策の成功例と評価する一方、それをインドの終着点にすべきではないと述べた。運営主体のインド決済公社が公表する統計では、UPIの月間取引件数は2026年4月に223億4680万件、5月に232億193万件に達した。広く使われるデジタル基盤を築いた実績はあるが、AIでは計算資源、教育、データ、研究開発、事業化を同時に整える必要があるとの問題提起だ。
政府は地方の教育拠点と共用GPUを拡充しており、政策の対象はすでにIITの外へ伸びている。残る論点は、利用枠を用意したことが、地域や所属を問わない研究成果と企業の参入につながるかである。シン氏の提言に対するIIT各校や政府の正式な回答は、参照した資料では確認できていない。
出典・参考資料
- India must widen access to AI - top scientist (VIDEO)(India Gazette(RT.com転載))シン氏によるIIT依存、民間企業の参加、AI研修時間、UPIへの評価を伝えたインタビュー記事
- Cabinet Approves Ambitious IndiaAI Mission to Strengthen the AI Innovation Ecosystem(Press Information Bureau, Government of India)IndiaAI Missionの予算、1万基以上のGPU、七つの政策分野を示した閣議決定資料
- IndiaAI Mission Expands AI Ecosystem with Affordable Compute and Startup Support(Press Information Bureau, Government of India)2026年3月時点のGPU登録数、承認案件数、半導体政策の進捗を示した国会答弁資料
- India leading the world in AI talent acquisition, among top countries in AI skill penetration(Press Information Bureau, Government of India)IndiaAI FutureSkillsの支援対象と地方のData and AI Labs、FutureSkills PRIMEの受講規模を示した国会答弁資料
- Unified Payments Interface (UPI) Product Statistics(National Payments Corporation of India)UPIの参加銀行数、月間取引件数、取引額を掲載する公式統計