生得市民権(Birthright Citizenship)は、米国で生まれ、同国の管轄に服する人を出生時から米国市民とする原則だ。日本の国籍法が原則として親の国籍を基準にするのに対し、米国は出生地を基準に置く。ドナルド・トランプ大統領は2026年8月6日、この原則の例外を広げ、「出産旅行」への対応を強める二つの大統領令に署名した。
日本とは異なる国籍取得の基準
米国憲法修正14条は「米国で生まれ、または帰化し、その管轄に服するすべての者」を米国と居住州の市民と定める。米議会図書館の憲法注釈は、1898年のUnited States v. Wong Kim Ark判決により、帰化資格のなかった中国人の親から米国内で生まれた子にも市民権が認められたと説明している。従来の例外は外国外交官の子や、敵軍が占領する地域で生まれた子などに限られる。
日本の仕組みは出発点が違う。国籍法第2条は、出生時に父か母が日本国民である場合などを出生による日本国籍の取得要件とし、日本国内で生まれたという事実だけでは原則として日本国籍を認めていない。日本人の親から米国で生まれた子は、両国の制度によって出生時に二つの国籍を取得する場合がある。米国の生得市民権をめぐる議論は、日本の出生届の仕組みをそのまま当てはめると見誤りやすい。
新命令が広げようとする例外
AP通信によると、8月6日の一つ目の命令は、外国政府や国際機関の職員、外国政府を代表して活動する者、外国テロ組織との関係を認定された者、米国の「敵性外国人」とみなされた者らの子について、自動的な市民権を認めない範囲を広げる方針を示した。外交官の子という確立した例外を、外交特権を持たない外国政府職員らへ広げる部分が争点になる。
もう一つの命令は、子に米国籍を取得させる目的で渡米して出産する「出産旅行」と、その仲介業者への取り締まりを強めるよう国務省や国土安全保障省に求めた。妊娠中の旅行や米国内での出産一般を禁じる内容ではなく、渡航目的について虚偽の説明をしたと当局が判断する場合を主な対象とする。
「出産旅行」はすでに査証の発給対象外
出産旅行への査証規制は今回初めて導入されたものではない。米国務省は2020年1月、子に米国籍を得させることを主目的に渡航すると領事が判断したB査証の申請を拒否する規則変更を公表した。新命令には既存ルールの執行を強め、仲介業者への対応を広げる側面がある。
査証を発給するかどうかは、外国人を米国へ入国させる際の審査である。これに対し、米国内で生まれた子が市民かどうかは憲法と連邦法が定める身分の問題だ。親の入国時の虚偽を理由に子の市民権まで否定できるかは別途の法的根拠を要し、新命令はこの二つをまたぐ構成になっている。
最高裁は最初の命令を6対3で無効に
トランプ氏は2025年1月、両親が不法滞在者である場合や、母親が一時滞在者で父親が米国市民または永住者でない場合に、米国内で生まれた子へ市民権を認めない大統領令へ署名した。この命令は訴訟で差し止められ、発効しなかった。
したがって、「最高裁が6対3で憲法違反と判断した」とする要約は正確さを欠く。大統領令を無効とする結論は6対3だが、憲法を根拠にした多数意見は5人である。新命令が対象を狭めても、従来の例外を行政権だけで広げられるか、新たな例外が連邦法と両立するかという二つの壁が残る。
次に焦点となる実施基準と訴訟
命令は署名されたが、外国政府との関係や外国テロ組織への所属をどの機関がどの証拠で認定するか、出生証明書や旅券の発給実務をどう変えるかは、今後の規則や指針に委ねられる部分がある。AP通信の取材に対し、米自由人権協会(ACLU)は、憲法の意味を大統領令で変えることはできず、前の命令と同じ結果になるとの見方を示した。
裁判では、外交官の子などに認められてきた狭い例外と、新命令が掲げる対象との法的な連続性が問われる。出産旅行を目的とする査証申請を拒否する権限があることと、出生後の子の市民権を否定する権限があることも切り分けて審理される可能性が高い。8月6日の命令を直接審査した司法判断は、本稿の執筆時点でまだ出ていない。
よくある質問
米国で生まれれば、親の在留資格にかかわらず市民になるのか
現行の憲法解釈と連邦法では、原則として市民になる。米最高裁は2026年6月、不法滞在者または一時滞在者の子も対象に含まれると判断した。外国外交官の子など、従来から認められてきた狭い例外はある。
新命令で制度はすぐ変わるのか
命令は関係省庁に実施を求めるが、対象者の認定方法などには追加の規則や指針が要る。市民権を外す部分は訴訟が予想され、最終的な効力は確定していない。
日本人が米国で出産すること自体が禁じられたのか
出産そのものを一律に禁じる措置ではない。米国務省の既存ルールは、子に米国籍を得させることを主目的にB査証を申請するケースを発給対象から外している。日本人が短期滞在で一般に使う査証免除制度への新命令の具体的な運用について、日本政府の整理は本稿執筆時点で確認できていない。
出典・参考資料
- Trump again tries to restrict birthright citizenship after Supreme Court ruling(AP)2026年8月6日に署名された二つの大統領令の対象、既存の出産旅行規制、ACLUの反応を報じた記事
- Trump v. Barbara, No. 25-365(Supreme Court of the United States)2026年6月30日の判決全文。多数意見、結論同意、反対意見と各判事の構成を確認した
- Citizenship Clause Doctrine(Congress.gov / Library of Congress)憲法修正14条の市民権条項、Wong Kim Ark判決、外交官の子など従来の例外を整理した公式解説
- Birth Tourism Update(U.S. Department of State)子に米国籍を得させることを主目的とした渡航についてB査証を発給しない2020年からの規則変更
- 国籍法(e-Gov法令検索)出生によって日本国籍を取得する要件を定めた国籍法第2条