米国政府は2026年7月、フィリピンの宗教団体「Kingdom of Jesus Christ(KOJC)」を率いるアポロ・キボロイ被告の身柄引き渡しをフィリピン政府へ正式に要請した。被告はフィリピンでも人身取引や児童虐待をめぐる裁判を抱えており、米国からの要請だけで直ちに移送されるわけではない。

AP通信によると、フィリピン外務省は7月に受け取った米国の要請を同国司法省へ送付した。国内事件を審理する二つの裁判所の承認が必要だとフィリピン政府高官2人が説明しており、司法省が審査する日程は公表されていない

木製の机に木づちと法律書が置かれた法廷の様子(イメージ)
犯罪人引き渡しは、外交上の要請を受けた後も被要請国の条約と国内法に沿って審査される。(Photo by Tingey Injury Law Firm on Unsplash)

米国の起訴──性的人身取引や強制労働を主張

米司法省によると、カリフォルニア州の連邦大陪審は2021年11月10日、キボロイ被告を含む9人を計42件の罪で追起訴した。起訴状は、未成年者を含む女性への性的人身取引、信者を米国へ入国させて寄付集めを強いた労働搾取、偽装結婚、資金洗浄などがあったと主張している

米連邦捜査局(Federal Bureau of Investigation、FBI)の指名手配書は、連邦逮捕状が2021年11月10日に発付されたと記載し、性的人身取引の共謀や多額現金の密輸などを容疑として掲げている。キボロイ被告はFBIの「Human Trafficking」指名手配欄に掲載されているが、FBIが公表する現行の「Ten Most Wanted Fugitives」10人には含まれていない

起訴状は検察側の主張であり、有罪判決ではない。米司法省も、有罪が合理的な疑いを超えて立証されるまでは被告を無罪と推定すると明記している。キボロイ被告は疑惑について、批判者や宗教団体を去った元信者による捏造だとして否定してきた。

フィリピンの裁判が先行

キボロイ被告は2024年、フィリピンの裁判所が人身取引や児童虐待などの容疑で逮捕状を出した後に潜伏した。同年9月、警察約2000人が南部ダバオ市にあるKOJCの約30ヘクタールの施設を捜索し、被告ら5人が投降した。被告はその後も首都圏の拘置施設に収容され、国内事件の審理を受けている。

AP通信が「二つの裁判所の承認」と報じたのは、この国内事件を扱う裁判所の存在を踏まえた説明だ。一方、フィリピンの一般的な引き渡し手続では、司法相が中央当局となり、要件を満たすと判断した要請について引き渡し裁判所へ申立てを行う。国内事件の裁判所と引き渡しの可否を審査する裁判所は、役割を分けて見る必要がある。

条約11条が定める延期と一時移送

1994年11月13日に署名された米比犯罪人引渡条約の11条は、被要請国で別の犯罪の訴追を受けているか、刑に服している人物について、引き渡しが認められた後に二つの扱いを認める。訴追のため請求国へ一時的に身柄を渡すか、国内手続の終結または刑の執行完了まで移送を延期する仕組みである

フィリピン最高裁が2025年4月に制定した犯罪人引渡手続規則では、引き渡し裁判所が条約への適合、本人同一性、対象犯罪に当たるか、事件を基礎づける一応の証拠、拒否事由の有無を審査する。引き渡しを認める判断には控訴院への上訴が可能で、国内刑事事件が残るため執行できない場合、司法相側はその事件を扱う裁判所へ一時移送を申し立てる

したがって、現段階で「フィリピンで刑期を終えてから米国へ移される」と決まったわけではない。フィリピンの事件は審理中で、刑期そのものが確定していない。まず要請が条約と国内規則の要件を満たすかが審査され、引き渡しが認められた場合にも、国内手続を優先して移送を延期するか、一時移送を認めるかという判断が残る。

日本の制度との違い

外務省の基礎データによると、日本と米国の間でも1980年に犯罪人引渡条約が発効している。ただし、今回の要請を判断するのはフィリピンの裁判所であり、日本の制度や日米条約は米比間の手続には適用されない。

日本政府が今回の引き渡し要請を評価した資料や、日本への具体的な影響を示した資料は、本稿の執筆時点で確認できていない。事件の見通しはフィリピン司法省による要請の審査、引き渡し裁判所の判断、国内事件を扱う裁判所の対応によって変わる。

よくある質問

米国はなぜキボロイ被告の引き渡しを求めているのか
米連邦大陪審が2021年、性的人身取引や強制労働、資金洗浄などをめぐり被告を追起訴し、連邦逮捕状が出ているためだ。起訴内容は有罪認定ではなく、被告は疑惑を否定している。

米国の要請で身柄はすぐ移されるのか
直ちには移されない。フィリピン司法省と裁判所による条約・国内法上の審査が必要で、国内刑事事件も続いている。

フィリピンの裁判が終わるまで米国へ移せないのか
必ずしもそうではない。引き渡しが認められた後、国内事件の裁判所が一時移送を許可すれば、フィリピンの手続が終わる前に米国で裁判を受ける余地がある。一時移送が認められなければ、国内手続や刑の執行が終わるまで移送が延期されうる。