復職後の搾乳は、搾乳器を職場へ持って行くだけでは成り立たない。勤務中の時間、衛生的で人目に触れない場所、母乳を入れる容器、冷蔵先、器具の洗浄、帰宅や保育施設までの保冷を一つの工程として決める必要がある。
厚生労働省は、労働基準法第67条により、生後1年未満の子を育てる女性が休憩時間とは別に1日2回、各30分以上の育児時間を請求でき、時間帯は当事者間で決めると案内している。同省の資料では、搾乳も育児時間に含められる。復職前には人事担当者や上司へ利用希望を伝え、会議や交代勤務と重なった場合の代替時間まで決めておく。
先に確認──受診と個別指示を優先する場合
乳房の痛みが自分で対応しても改善しない場合、または乳房全体の硬さ、圧痛、熱感がある場合は、勤務中の搾乳間隔だけの問題と決めず、医療機関へ相談する。日本産婦人科医会は、自分で対応しても改善しない乳房痛では外来受診を促し、乳房全体の硬さ、圧痛、熱感がある場合は感染性乳腺炎を含めた評価が必要としている。
新生児が母乳を飲めない、反応が鈍い、呼吸が苦しそう、発熱、けいれん、体が冷たい状態がある場合は、保存や授乳方法を調整して様子を見ず、速やかに医療機関へ連絡する。世界保健機関(WHO)は、哺乳不良、活動性の低下、呼吸困難、発熱、けいれん、低体温を新生児の危険徴候に挙げ、速やかな医療を求めている。
本文の保存時間は、健康な正期産児が家庭で飲む母乳を前提にした基準である。早産児、入院中の乳児、免疫機能が低下した乳児、ほかに医療上の配慮が必要な乳児では、退院時の説明や主治医、受け入れ施設の手順を優先する。CDCは、生後2か月未満、早産、免疫機能が低下した乳児では、搾乳器具を使用ごとに確実に洗い、少なくとも1日1回消毒する対応を特に重視している。
持病や常用薬がある人は、復職を理由に服薬や授乳を自己判断で中止しない。国立成育医療研究センターは、授乳の継続、一時中止、断乳を薬ごとの情報に基づいて主治医と相談して決め、服薬の判断も医師や薬剤師と個別に行うよう示している。
日本の「育児時間」と搾乳場所
育児時間を請求できる対象は、生後満1年に達しない子を育てる女性である。法定の休憩とは別に1日2回、各30分以上が最低基準となる。子が1歳以上の場合や、1回の搾乳と洗浄に必要な時間が30分を超える場合は、この規定だけで結論を出さず、会社の就業規則と個別の勤務調整を確認する。
このリーフレットは搾乳環境の整備を事業主へ促す資料である。搾乳室の設備を、労働基準法第67条の育児時間と同じ法定要件だと読み替えない。実際の場所、入室方法、電源、冷蔵設備、水場を復職前に確認し、利用できない設備は保冷バッグや清潔な交換部品で補う。
復職前に一日の工程を試す
勤務開始、会議、休憩、終業、通勤、迎えの時刻を並べ、搾乳、容器への表示、冷蔵、器具の片付け、保冷バッグへの移し替えに必要な時間を実際に測る。主な時間帯が会議で使えない場合の予備枠と、交通が遅れた場合の保冷も組み込む。
米疾病対策センター(CDC)の復職案内は、搾乳する場所、母乳の保存先、器具を洗う場所、勤務中の時刻を事前に雇用主と話し合う項目に挙げ、水場が使えない職場では清潔な器具を複数組持参して使用済み部品を帰宅後に洗う方法を示している。同ページに記載された米国の労働法は日本には適用されないため、権利の部分は厚生労働省の資料で確認する。
搾乳器具は使用ごとに洗い、完全に乾かす
搾乳前は石けんと流水で20秒手を洗う。清潔な部品を組み立て、チューブや接続部に汚れやカビがないか確かめる。共用の搾乳器を使う場合は、ダイヤル、電源スイッチ、置き台など手が触れる面も使用前後に清拭する。
洗っていない部品を次の搾乳まで冷蔵庫へ入れる方法は、使用ごとの洗浄と同等ではない。CDCは、冷蔵しても細菌の増殖は止まらず、安全な代替策になると示した研究もないとしている。職場で十分に洗えない場合は、搾乳回数分の清潔な部品を持参する方法が選択肢になる。
保存時間は一つの基準にそろえる
容器には搾乳した日付と時刻、共用冷蔵庫なら本人の氏名、保育施設へ渡すなら子どもの氏名を記す。冷蔵庫と冷凍庫では、開閉のたびに温度が変わる扉側を避け、奥へ置く。4日以内に使わない見込みの新鮮な母乳は早めに冷凍し、一度の授乳に近い量へ分ける。
4時間、4日、24時間という数字は、温度と衛生が保たれた場合の上限である。暑い作業場、長時間の停電、冷蔵庫の頻繁な開閉、容器や器具の清潔さに不安がある状況で、同じ期限まで安全だと保証する数字ではない。日本の公的資料で、職場保存から運搬、解凍、飲み残しまでを一体で示す全国共通の最新基準は、本稿の執筆時点で確認できていないため、本文ではCDCの同じ資料の数字に統一した。
解凍は冷蔵庫かぬるま湯、電子レンジは使わない
冷凍した母乳は、冷蔵庫へ移して一晩かけるか、密閉した容器をぬるま湯に浸すか、ぬるい流水に当てて解凍する。電子レンジは加熱むらによる高温部分が生じ、乳児の口をやけどさせる危険がある。直火で温めず、温める場合も容器を密閉したままぬるま湯を使う。母乳は冷たいまま、または室温でも与えられ、加温は必須ではない。
冷蔵庫内で解凍した母乳は、完全に解凍した時点から24時間以内に使う。室温に戻した後、または温めた後は2時間以内とし、完全に解凍した母乳は再冷凍しない。乳児が口をつけた容器の飲み残しは、授乳終了から2時間以内に使い、それを過ぎた分は廃棄する。
会社から家庭・保育施設まで保冷を切らさない
搾乳後は容器を密閉し、日付と時刻を書いて直ちに冷蔵する。退勤時に凍らせた保冷剤とともに保冷バッグへ移す。CDCは、凍らせた保冷剤を入れた保冷バッグで最長24時間の運搬を認め、到着後は直ちに使用、冷蔵、冷凍のいずれかへ移すよう示している。
保育施設には、冷蔵と冷凍のどちらで受け入れるか、使える容器、表示する項目、一回分の量、受取担当者、解凍方法、飲み残しと未使用分の扱いを確認する。家庭の保存期限より施設の手順が厳しい場合は、施設の条件に合わせる。
復職前に確認する8項目
1 育児時間
対象年齢を確認し、利用の申し出先、主な時間帯、会議や交代勤務と重なった場合の代替枠を決める。
2 搾乳場所
人目に触れず衛生を保てる場所、内鍵や予約方法、椅子、机、電源を確認する。
3 洗浄環境
水場と乾燥場所を確認し、十分に洗えない場合は搾乳回数分の清潔な部品を用意する。
4 容器と表示
母乳専用袋または食品用密閉容器を使い、日付、時刻、氏名を搾乳後すぐに記す。
5 職場での保存
4℃以下を保てる冷蔵庫の奥へ置き、共用時の置き場所と取り違えを防ぐ方法を決める。
6 帰路の保冷
すべての容器と凍らせた保冷剤が入る保冷バッグを用意し、通勤の遅れも含めて持続時間を試す。
7 保育施設との受け渡し
冷蔵・冷凍の別、容器、氏名表示、受取時刻、解凍、飲み残し、未使用分の扱いを文書でそろえる。
8 個別の相談先
早産や持病のある乳児、母親の服薬、乳房の痛みや発熱がある場合に、誰へ連絡するかを決めておく。
よくある質問
冷蔵母乳を冷蔵庫の扉側へ置いてよいか
扉側は開閉で温度が変わりやすいため避け、冷蔵庫の奥へ置く。共用冷蔵庫では、密閉した外箱にも氏名を表示すると取り違えを防ぎやすい。
職場に冷蔵庫がない場合の保存方法
凍らせた保冷剤を入れた保冷バッグを使う。CDCの24時間は保冷条件が維持された場合の上限であり、バッグを繰り返し開けず、到着後は直ちに使用、冷蔵、冷凍のいずれかへ移す。
搾乳器の部品を冷蔵すれば洗わずに再使用できるか
使用ごとの洗浄に代わる方法ではない。冷蔵は細菌の増殖を止めず、安全な代替だと示す研究もない。水場がなければ、清潔な部品を複数組用意する。
母乳は温めてから与える必要があるか
加温は必須ではなく、冷蔵または室温の状態でも与えられる。温める場合は密閉容器をぬるま湯に浸し、電子レンジや直火を使わない。
出典・参考資料
- 育児中の女性労働者への配慮(厚生労働省)労働基準法第67条の育児時間の対象、回数、長さと取得時刻の考え方
- 職場の搾乳室整備に関するリーフレット(厚生労働省)搾乳を育児時間に含める扱い、衛生的で他人から見えない空間、椅子、机、冷蔵設備、水道設備の整備案
- Breastfeeding and Returning to Your Workplace(Centers for Disease Control and Prevention)復職前に確認する場所、保存、洗浄、時刻と、水場がない職場で清潔な部品を複数組使う方法
- Breast Milk Storage and Preparation(Centers for Disease Control and Prevention)2026年8月更新。室温、冷蔵、冷凍、保冷運搬、解凍、加温、再冷凍、飲み残しの時間基準
- How to Clean and Sanitize Breast Pumps(Centers for Disease Control and Prevention)搾乳前の手洗い、使用ごとの部品洗浄、自然乾燥、消毒と部品の冷蔵保管の限界
- 児童福祉施設等における食事の提供ガイド(令和7年9月)(こども家庭庁)冷凍母乳の運搬前の打ち合わせ、施設内の保存・解凍手順、氏名表示と誤提供防止
- (1)分娩中・産褥期に起こり得る症状(日本産婦人科医会)改善しない乳房痛、乳房全体の硬さ、圧痛、熱感がある場合の評価
- Newborn mortality(World Health Organization)新生児の哺乳不良、活動低下、呼吸困難、発熱、けいれん、低体温を含む危険徴候
- 授乳と薬について知りたい方へ(国立成育医療研究センター)授乳中の服薬を自己判断で中止せず、医師や薬剤師と個別に決める原則