2026年8月26日、ネパール北部ラスワ郡で、中国との国境地帯からボテ・コシ川を経てトリシュリ川へ、泥砂と巨石を巻き込んだ洪水が流れ下った。国際総合山岳開発センター(ICIMOD)は、ガルチで水位が30分間に最大9メートル、マレクで同7メートル上昇し、複数の水文観測施設が損傷したと発表した。同機関は氷雪・岩石なだれの可能性を調べていたが、発表時点では原因を確定していなかった。
医療体制への影響は、洪水による傷病者の発生にとどまらない。道路が切れれば救急車と職員は病院へ着けず、電力、給水、通信が失われれば、建物が残っていても診療機能は落ちる。日本では災害拠点病院、広域災害・救急医療情報システム(Emergency Medical Information System、EMIS)、災害派遣医療チーム(Disaster Medical Assistance Team、DMAT)を組み合わせ、病院の孤立と一施設への集中を避ける体制を組む。
全国790病院を軸にした分散型の体制
厚生労働省の2026年4月1日現在の一覧では、災害拠点病院は全国790病院で、基幹災害拠点病院63病院、地域災害拠点病院727病院である。基幹は原則として各都道府県に1か所、地域は原則として二次医療圏に1か所を置く。複数の基幹病院がある都道府県もあり、「各都道府県に一つの災害専門病院」という仕組みではない。
2023年に改正された指定要件は、災害拠点病院に24時間の緊急対応、被災地内の傷病者の受け入れと搬出、DMATの保有、業務継続計画(Business Continuity Plan、BCP)の整備と訓練を求める。地域災害拠点病院は救命救急センターか二次救急医療機関であり、基幹災害拠点病院は救命救急センターで複数のDMATを持つ。拠点病院以外の病院も、地域で割り当てられた機能に応じて診療を担う。
発災直後──自院の状態確認から搬送支援まで
対応の起点は、病院が自院の診療機能を把握することにある。受け入れ可能な患者数、電気と水、通信、職員、建物、周辺道路の状態を確認し、継続する機能と外部支援が要る機能を切り分ける。受け入れを続けられない場合は、入院患者を含む搬送先の調整が必要になる。
厚生労働省によると、EMISは医療機関の患者受け入れ可否、ライフラインの稼働状況、DMATの活動状況を収集・共有し、2025年度からは支援要否の報告手順を簡略化した新システムが稼働している。都道府県、国、DMATが同じ状況を見て、支援先と搬送先を判断するための情報基盤である。通信が途絶えた場合も想定し、指定要件は衛星電話、衛星回線、複数の入力担当者と操作訓練を求めている。
国立健康危機管理研究機構のDMAT事務局は、DMATを発災直後のおおむね48時間以内から活動を始める機動的なチームと位置付け、医師1人、看護師2人、業務調整員1人の4人を基本編成としている。任務は被災した病院や地域への指揮、物資、診療、搬送の支援である。DMATが病院を置き換えるのではなく、残った診療機能を支え、地域内外への患者搬送をつなぐ。
「3日分」はフル稼働の保証ではない
現行の指定要件は、通常時の6割程度の発電容量がある自家発電機と約3日分の燃料、少なくとも3日分の診療用水、約3日分の食料・飲料水・医薬品を求める。水は受水槽、停電時にも使える地下水設備、優先給水協定などで確保する。燃料と物資も、備蓄に加えて地域の事業者から優先供給を受ける協定を想定している。
この「3日分」は、全ての診療機器を平時と同じ水準で72時間動かす保証ではない。発電容量の基準自体が通常時の6割程度であり、どの回路と設備を優先するかが問われる。発電機が動いても、受水槽やポンプ、医療ガス、通信、物資、職員、搬送経路のどれかを失えば、提供できる診療は狭まる。
洪水への備えは燃料の量だけでも測れない。2024年4月から適用された改正要件は、洪水・雨水出水・高潮の浸水想定区域か津波災害警戒区域にある災害拠点病院に、止水板、自家発電機などの高所移設、排水ポンプといった浸水対策を求める。電源設備へ水が達する前に止める設計と、院外からの補給経路を含むBCPを一体で確かめる必要がある。
指定だけでは見えない現場の差
厚生労働省が2022年の検討会で示した2021年時点の集計では、当時の災害拠点病院761病院のうち289病院が洪水浸水想定区域にあり、そのうち何らかの浸水対策を実施していたのは216病院、75%だった。「何らかの対策」は止水板から設備移設までを一括した区分で、洪水の規模ごとの診療継続を保証する数字ではない。
この集計は浸水対策が指定要件として2024年に適用される前の数字である。現在の790病院を同じ定義で調べた更新値は、本稿の執筆時点で公的資料から確認できていない。さらに、改正通知は耐震、浸水、ヘリポートに関する一部要件を満たさない既指定病院について、当面の指定継続を認めている。指定の有無は地域で担う役割を示すが、個別施設の止水設備、電源の配置、実際の備蓄量、道路の耐災害性まで証明するものではない。
よくある確認点
災害拠点病院は全て救命救急センターなのか
全てではない。地域災害拠点病院は救命救急センターか二次救急医療機関のいずれかが指定要件となる。基幹災害拠点病院には救命救急センターであることが求められる。
DMATは被災病院に代わって診療する組織なのか
病院そのものの代替ではない。指揮、物資、診療、搬送を支援し、被災地内の医療機関と地域外の受け入れ先をつなぐ役割を持つ。
約3日分の燃料があれば72時間は通常診療が続くのか
通常診療の継続を一律に保証する数字ではない。自家発電の基準は通常時の6割程度で、水、通信、医療ガス、人員、補給路の状態によって維持できる機能は変わる。
出典・参考資料
- Major flash flood sweeps through Nepal’s Rasuwa district, raising fears of further downstream flooding(International Centre for Integrated Mountain Development(ICIMOD))2026年8月26日の洪水経路、水位の急上昇、観測施設の損傷、原因調査の初期状況
- 災害拠点病院一覧(令和8年4月1日現在)(厚生労働省)全国790病院の内訳と、基幹・地域災害拠点病院の配置原則
- 災害拠点病院指定要件の一部改正について(厚生労働省)24時間対応、DMAT、BCP、発電・給水・備蓄、浸水対策、経過措置を定めた指定要件
- 災害医療の取組状況について(厚生労働省)EMISが扱う患者受入れ可否、ライフライン、DMAT活動の情報と2025年度からの新システム
- DMATの制度の説明(国立健康危機管理研究機構 DMAT事務局)DMATの構成、初動時期、病院・物資・診療・搬送支援、派遣の仕組み
- 第6回救急・災害医療提供体制等に関するワーキンググループ議事録(厚生労働省)2021年時点の災害拠点病院の立地と浸水対策に関する全国集計