慢性硬膜下血腫(Chronic Subdural Hematoma)は、脳を覆う硬膜と脳の間に血液がたまり、時間をかけて脳を圧迫する病気だ。高齢者では軽く頭を打った直後に異常がなくても、数週〜数カ月後に歩行や反応の変化として現れる場合がある。

国立長寿医療研究センターは、頭部打撲の1〜2カ月後に血液がたまり、脳萎縮によって頭蓋内で脳が動きやすい高齢者に多いと説明している。受傷日の記録と、その後の変化を診察時に伝えることが診断の手掛かりになる。

突然の片麻痺や意識障害は119番

頭を打った時期にかかわらず、突然の激しい頭痛、急にふらついて立てない、顔の片側が動きにくい、片方の腕や脚に力が入らない、ろれつが回らない、意識がはっきりしない場合は119番を優先する。慢性硬膜下血腫か脳卒中かを家庭で見分けようとして待つ場面ではない。厚生労働省は、突然の激しい頭痛、立っていられないほどのふらつき、片側の手足の脱力、ろれつの異常を、高齢者が救急車を呼ぶべき症状に挙げている

救急車を呼ぶべきか、直ちに受診すべきか判断に迷い、上記の緊急症状がない場合は、実施地域を確かめて救急安心センター「♯7119」を使う方法がある。消防庁によると、♯7119では医師、看護師、救急救命士が緊急性を判断し、救急要請や受診時期を案内する

画面に表示された頭部CT画像(イメージ)

数週後の変化──物忘れだけでなく歩き方を見る

慢性硬膜下血腫では、頭痛、手足の力の入りにくさ、歩行障害、物忘れ、反応の鈍さ、性格の変化、意識障害が起こりうる。国立長寿医療研究センターは、歩行障害、手足の麻痺、ぼんやりした様子、思考能力の低下といった認知症に似た症状がゆっくり現れ、打撲から数カ月かかる場合もあるとしている

家族が確認するのは「物忘れが増えたか」だけではない。以前より足を引きずる、壁や家具につかまる、箸を落とす、会話の返答が遅い、尿失禁が新たに始まるといった生活上の変化も受診時に伝える。これらは別の病気でも起こるため、症状の一覧から病名を決めない。

急な変化なら119番の対象になる。数日から数週かけて進む変化でも、自然な老化と決めず、頭を打った時期と常用薬を添えて早めに医療機関へ相談する。

高齢者が自宅の廊下で壁に手を添えて歩く様子(イメージ)

なぜ高齢者で遅れて見つかるのか

加齢などで脳が萎縮すると、頭蓋骨の内側に空間が生じ、脳表面の静脈に力がかかりやすくなる。軽い打撲をきっかけに出血し、血腫を覆う膜の中で液体成分がたまると、脳への圧迫が徐々に強まる。

慶應義塾大学病院は、軽く頭をぶつけた後、数週〜数カ月以内に頭痛、軽い運動麻痺、認知機能や性格の変化が現れ、頭部CTまたはMRIで診断すると説明している。受傷直後の検査結果だけでは、その後に形成される慢性硬膜下血腫まで否定できない。

抗凝固薬・抗血小板薬を服用している場合

心房細動、脳梗塞、深部静脈血栓症、冠動脈ステントなどの治療で、抗凝固薬や抗血小板薬を服用する高齢者は少なくない。日本脳神経外科学会が発行する2017年のレビューは、こうした薬の服用を慢性硬膜下血腫のリスクと関連づけている。頭を打った際は薬の名前、最後に飲んだ時刻、処方理由を医療者へ伝える。

日本国内の一般向け公的資料では、症状のない服用者に一律のCT撮影時期を示す基準を確認できなかった。国際的な参照として、英国NICEの頭部外傷指針は、抗凝固薬または一部の抗血小板薬を使う人について、ほかにCTの適応がなくても受傷後8時間以内の撮影を検討するとしている。これは英国の診療指針であり、日本での撮影は受傷状況、症状、薬の種類を踏まえて医師が判断する。無症状でも、受診の要否を受傷当日に医療機関または救急相談へ確認するのが安全側の対応になる。

薬は本人や家族の判断で止めない。出血時には医療チームが休薬や中和、再開時期を検討する一方、自己中断は処方対象となった血栓症の危険を高める。国立循環器病研究センターは、冠動脈ステント治療後の抗血小板薬を自己中断すると、ステント血栓症から心筋梗塞に至る危険があるため、必ず主治医へ相談するよう求めている

抗血栓薬を含む常用薬とお薬手帳(イメージ)

診断と治療──CTで確認し、症状と血腫量で選ぶ

診断では頭部CTが中心となり、必要に応じてMRIを使う。症状がなく血腫が少ない場合は画像で経過を見る選択がある。血腫が増え、麻痺や認知機能低下、意識障害がある場合は、頭蓋骨に小さな穴を開けて血腫を排出する穿頭血腫ドレナージ術が一般的だ。血腫の性状や再発によっては別の術式が必要になる。

再発はゼロではない。日本脳神経外科コングレスの2025年総説は、穿頭術による血腫排出を標準治療とし、再発率を3〜20%と報告している。国立長寿医療研究センターの一般向け資料も、約1割で再発して再手術が必要になるとしている。個々の予後は受診時の意識や身体機能、持病、血腫の状態で変わるため、「小さな手術なら必ず元通りになる」とは断定できない。

中硬膜動脈塞栓術(Middle Meningeal Artery Embolization)は、血腫を覆う膜への血流をカテーテルで減らし、再発の抑制を狙う治療だ。同じ2025年総説は低侵襲な治療として研究が進む一方、質の高いランダム化比較試験を今後の課題に挙げる。すべての患者で穿頭術に代わる確立済みの治療とみなさず、適応は脳神経外科と脳血管内治療のチームが判断する。

受診時に家族が伝える四つの情報

受診時には、①頭を打った日と状況、②その直後と現在の症状、③歩行・会話・食事・排泄など普段との違い、④抗凝固薬・抗血小板薬を含む常用薬をまとめて伝える。本人が打撲を覚えていない場合もあるため、家族や介護者が転倒記録とお薬手帳を持参すると経過をたどりやすい。

転倒を減らすには、夜間の動線を照らし、床のコードや小さな敷物を整理し、浴室や階段の手すりを確認する。ただし、転倒対策をしても血腫の有無は分からない。新しい神経症状が出た後に住環境の改善だけで様子を見るのは避ける。

よくある質問

頭を打った当日のCTが正常なら、慢性硬膜下血腫は否定できるか
否定できない。慢性硬膜下血腫は受傷後に時間をかけて形成されるため、後から歩行、手足の動き、会話、反応に変化が出た場合は再評価が要る。

物忘れが増えたら慢性硬膜下血腫なのか
物忘れだけでは決まらない。慢性硬膜下血腫でも認知症に似た変化は起こるが、脳卒中、感染症、薬の影響など別の原因もある。経過と神経学的診察、画像検査を合わせて判断する。

抗凝固薬を飲んでいる家族が頭を打ったら、薬を止めるのか
自己判断では止めない。受傷当日に医療機関または救急相談へ連絡し、薬の名前、服用時刻、処方理由を伝える。休薬や継続は出血と血栓の双方の危険を医師が評価して決める。

慢性硬膜下血腫は必ず手術になるのか
血腫が少なく症状がなければ経過観察となる場合がある。血腫の増大、麻痺、認知機能低下、意識障害があれば穿頭術が検討され、再発や血腫の性状によって治療法は変わる。