親知らずは、歯列の最も奥に生える第三大臼歯(Third Molar)だ。骨の中に埋まったままの埋伏智歯や、一部だけ生えた親知らずは清掃しにくく、歯肉の炎症、むし歯、隣の第二大臼歯への障害を起こす場合があるが、親知らずという理由だけで一律に抜くものではない。

全顎エックス線画像に写る左右の横向きの親知らず(イメージ)

先に確認したい緊急の症状

親知らずの周囲から顔や顎まで腫れが広がる、発熱を伴う、口が開きにくい、強い痛みが増している場合は、予約日を待たず歯科医療機関へ連絡する必要がある。日本口腔外科学会は、智歯周囲炎が周囲の軟組織や顎骨へ広がると、顔の腫れや開口障害が起こりうると説明している

息をしにくい、話しにくい、唾液や水を飲み込みにくい、口の中が大きく腫れている場合は救急受診の対象だ。英国の公的医療サービスNHSは、歯性感染が疑われる人に呼吸・会話・嚥下困難や口内の大きな腫れがあれば、救急部門へ直ちに連絡するよう示している

抜歯後では、圧迫しても出血が止まらない、痛みや腫れが日を追って強くなる、口内の悪い味と発熱や全身の不調を伴う場合に、手術を受けた歯科医療機関へ早急に連絡する。呼吸や嚥下が難しい場合は、通常の術後症状として待たず救急要請が必要だ。

妊娠中、持病・常用薬がある人、小児

妊娠中または授乳中の人は、痛み止めや抗菌薬を自己判断で追加せず、妊娠週数と授乳状況を歯科医師へ伝える。日本歯科医師会は、妊娠・授乳中の智歯周囲炎では症状に応じて薬を選ぶと説明しており、成人一般と同じ薬の扱いにはならない

心臓病、高血圧、肝疾患、糖尿病、血液疾患などの持病がある人や、血液を固まりにくくする薬を使っている人は、病名と薬の一覧を抜歯前に伝える。日本口腔外科学会は、局所麻酔や出血への配慮が必要になり、抗凝固作用のある薬を使う人では医科の主治医との相談が必要な場合があるとしている。薬は自己判断で中断しない。小児や顎の成長途中の人は、成人の年齢論を当てはめず、歯の発育と萌出経路を含めて歯科で評価する。

抜歯を検討する所見──炎症、むし歯、隣の歯への障害

判断の中心は歯の向きではなく、現在の病変と今後の危険だ。智歯周囲炎を繰り返す、親知らずや第二大臼歯にむし歯がある、清掃が保てない、歯周組織や隣の歯根に障害がある、嚢胞や腫瘍を疑う画像所見がある場合は、抜歯を含む治療を検討する。

米国口腔顎顔面外科学会(AAOMS)の白書は、病変があるか、病変が生じる危険が高い第三大臼歯は外科的管理の対象とし、病変も大きな危険もない場合は診察と画像による能動的な経過観察を示している。同じ横向きでも、隣接歯への接触、歯根と下顎管の距離、歯肉に覆われた範囲は異なる。パノラマエックス線などの画像は、見た目では分からない位置関係や病変を確かめる材料になる。

正常に機能する親知らずは残せる

日本口腔外科学会は、親知らずが正常に生えて機能している場合は一般に抜歯しなくてもよいと説明する一方、高齢者や基礎疾患のある人は口腔外科医と十分に相談するよう勧めている。まっすぐ生え、向かいの歯とかみ合い、歯ブラシが届き、むし歯や歯周病がない歯は、残す選択肢がある。

残すことは放置と同じではない。痛みがなくても、第二大臼歯の後ろ側のむし歯や歯周組織の変化、嚢胞性病変は口内を見ただけでは分からない場合がある。歯科医師が示した間隔で診察と画像評価を受け、清掃が保てなくなった場合や病変が現れた場合に方針を見直す。

無症状の埋伏智歯、抜くか残すかの証拠は不足

Cochraneが2020年に公表した系統的レビューは、無症状で病変のない埋伏智歯を抜くべきか残すべきかを判断する証拠は不十分と結論づけた。対象は無作為化比較試験1件と前向きコホート研究1件の計493人で、証拠の確実性は低いか非常に低かった。

同レビューでは、残した場合に隣の第二大臼歯の歯周炎が増える可能性を示す観察研究があったが、因果関係を確定する結果ではない。矯正治療後の前歯の混雑も、抜歯群と保留群に臨床的な差があるとは示されなかった。したがって「前歯が押されるのを防ぐ」という理由だけで抜歯を決める根拠にはならない。歯列矯正を検討している場合は、親知らず単独の判断ではなく、矯正歯科医と口腔外科医が治療計画全体から評価する。

手術前に比べる利益と負担

下顎の親知らずでは、歯根の近くを下歯槽神経が走り、抜歯後に下唇や顎の感覚低下、しびれが生じる場合がある。2014年の文献レビューは、下顎智歯の抜歯後に生じる下歯槽神経障害を0.35%から8.4%と整理し、多くは回復する一方、永久的な障害はまれだと報告した。この幅は個人の確率ではない。歯根と下顎管の位置、年齢、埋伏の深さ、術式、術者などが異なる研究の範囲である。

感染、出血、隣の歯の損傷、ドライソケットも説明を受けるべき合併症だ。ドライソケットは抜歯窩の血餅が十分に形成されないか早く失われ、強い痛みが続く状態を指す。NHSは、親知らず抜歯の合併症にドライソケット、感染、舌・唇・顎のしびれを挙げ、止まらない出血や悪化する痛みと腫れ、発熱を伴う不調は早急な歯科相談の対象としている

日本の親知らず抜歯後の神経障害やドライソケットを、全国一律の定義で集計した最新の公的統計は、本稿の執筆時点で確認できていない。海外研究の割合を、そのまま日本の医療機関や個人の危険度として扱うのは適切でない。

歯科診療台に並べられた抜歯用の器具とガーゼ(イメージ)

抜歯前に歯科で確認する四項目

確認するのは、第一に現在の病変の有無、第二に残した場合の清掃と経過観察の方法、第三に歯根と神経や隣接歯との位置関係、第四に抜歯した場合の麻酔法と合併症だ。画像で神経との距離が近い、炎症を繰り返す、持病や出血に関わる薬がある場合は、一般歯科から口腔外科へ紹介される場合がある。

費用は、保険診療となる処置、画像検査、麻酔、入院の有無で変わる。自由診療の追加項目を提示された場合は、医学的に必要な処置か、選択的な処置か、代替案があるか、総額に何が含まれるかを事前に確認する。全国一律の自己負担額として示せる単一の金額はない。

よくある質問

横向きの親知らずは必ず抜くのか
横向きという所見だけでは決まらない。炎症、むし歯、隣接歯の障害、嚢胞性病変、清掃性、神経との位置関係を診察と画像で評価し、抜歯の利益と手術リスクを比べる。

痛くなければ、そのままでよいか
痛みがなく、病変も大きな危険もない歯は経過観察が選択肢になる。ただし、痛みがないことと病変がないことは同じではないため、歯科での診察と画像評価が要る。

若いうちに四本すべて抜くべきか
一律に四本を抜く根拠はない。年齢が上がると手術が難しくなる傾向は判断材料になるが、各歯の病変、機能、将来の危険、手術負担を一本ずつ評価する。

抜歯すれば前歯の歯並びを守れるのか
無症状の埋伏智歯を扱ったCochraneレビューでは、前歯の混雑を防ぐ臨床的な効果は示されなかった。矯正後の歯並びは親知らずだけで決まらず、保定を含む治療計画を担当歯科医師と確認する。