成人の歯列矯正は、年齢だけで可否が決まる治療ではない。固定式矯正装置と透明なマウスピース型矯正装置(Clear Aligner)のどちらを選ぶかは、見た目や価格より先に、歯周組織、歯と顎の骨、かみ合わせ、必要な歯の移動量を診断して決める問題だ。

歯科診療室の机に並ぶ透明なマウスピース型矯正装置と歯列模型(イメージ)

受診を急ぐ症状──出血、呼吸障害、強い腫れ

矯正治療中に口や顔からの出血が止まらない、呼吸や飲み込みが難しい、顎の骨折を疑う外傷がある、永久歯が抜けたか大きくずれた場合は、予約日を待たず救急受診が必要だ。顔の腫れや発熱を伴う突然の激痛も同じ扱いになる。米国矯正歯科学会は、止まらない出血、呼吸・嚥下障害、顎の重大な外傷、永久歯の脱落や大きな転位、顔面腫脹と発熱を伴う急な激痛を医療・歯科の救急事態としている。装置の破損、外れたワイヤー、割れたアライナーも、自己判断で治療を続けず担当の歯科医療機関へ連絡する対象だ。

成人でも治療は可能、先に診断が要る

日本矯正歯科学会は、中高年でも矯正歯科治療は可能とする一方、成長が終わった成人では歯の移動に時間がかかり、むし歯治療などの既往が治療上の制約になりうると説明している。したがって「何歳まで」という線引きより、残っている歯と歯周組織、骨格、治療歴を個別に調べる必要がある。

初診相談だけで装置は決まらない。同学会の標準治療指針は、医科・歯科の既往歴を確認し、歯周組織と機能的なかみ合わせ、顔貌を診査し、臨床所見を顔写真や頭部エックス線規格写真と照合する手順を示している。歯周組織に問題があれば、歯周病を扱う歯科医師や高次医療機関との連携も検討対象になる。

妊娠中、持病・常用薬がある人、小児

妊娠中の人、持病や常用薬がある人は、成人一般の装置比較だけで治療の可否を決められない。初回の医療面接で妊娠、医科・歯科の既往、服薬状況を歯科医師へ伝え、必要なら主治医との連携を含む治療計画を確認する。小児は顎顔面の成長を評価する必要があり、成人向けの判断を当てはめない。日本矯正歯科学会は、マウスピース型装置は小児や骨格性要因を含む症例には適さないとの見解を示している

固定式とマウスピース型、症例で変わる選択

金属製やセラミック製のブラケットを歯に接着する方式は固定式で、患者自身では外せない。マウスピース型は段階ごとに透明な装置を交換し、本人が着脱する。見えにくく食事や歯磨きの際に外せる反面、所定の装着を続ける自己管理が治療経過を左右する。

研究結果も、どちらか一方を全症例の正解とはしていない。2023年の系統的レビューは6試験283人を検討し、抜歯を伴う症例では両方式に治療効果がみられた一方、固定式は歯の頬舌方向の傾斜と咬合接触を制御しやすく、治療期間も短かったと報告した。マウスピース型では予測した移動と実際の移動に差が出る研究もあった。対象研究が少なく、症例や評価法もそろっていないため、結果を単純な優劣へ置き換えるのは適切でない。

通販・DIY型は対面診断を欠く

歯科医師の診察を受けず、歯型や口腔内スキャンだけを送って装置を受け取るDirect-to-Consumer(DTC)型は、診療所で歯科医師が診断し定期管理するマウスピース型矯正と分けて考える必要がある。日本矯正歯科学会は矯正を正確な診断と精密な治療計画に基づく医療行為と位置づけ、歯科医師が介在しない製品を患者が独自に使って歯を動かす行為は避けるよう求めている

米国の通報資料には、起きた問題の種類が表れている。FDAのMAUDEデータベースを分析した2023年の研究は、2010~2020年の報告から歯科医師の監督がないDTC型に関する104件を抽出し、咬合の問題が41.3%、口・顔面の痛みが29.8%、歯の動揺や歯肉退縮などの歯周組織の問題が26.6%だったと報告した。104件は自発報告を含む通報の内訳であり、利用者全体の発生率も因果関係も示さない。日本国内の同種事例を全国集計した公的資料は、本稿の執筆時点で確認できていない。

透明な保定装置と矯正後の歯列模型を手にする歯科医師(イメージ)

装置を外した後は保定へ

歯を動かす期間が終わっても治療は完了しない。移動直後は歯の周囲の骨や歯肉が新しい位置に安定しておらず、保定装置(Retainer)を使わなければ元のかみ合わせへ戻る恐れがある。日本矯正歯科学会の一般向け資料は、通常は1年以上、できる限り毎日保定装置を使う必要があると説明している。装置の種類、1日の装着時間、期間は担当歯科医師が治療後の状態から決める。

費用と公的医療保険

一般的な歯列矯正は自由診療で、装置の種類、症例の難しさ、通院期間によって費用が変わる。契約前には検査、調整、保定装置、追加治療の費用が提示額に含まれるかを確認する必要がある。全国一律の装置別価格はない。

日本矯正歯科学会によると、保険診療の対象は、厚生労働大臣が定める疾患に起因する咬合異常、前歯と小臼歯の永久歯3歯以上の萌出不全で埋伏歯開窓術を要する場合、顎離断などの手術を要する顎変形症の手術前後に限られる。対象治療を保険で行うには、施設基準を届け出た保険医療機関を受診する必要がある。

よくある質問

成人は何歳まで矯正歯科治療を受けられるのか
年齢だけの一律な上限はない。中高年でも治療は可能だが、歯周組織、骨格、歯科治療歴、全身状態を診査したうえで、期間と方法を決める。

透明な装置なら軽い検査だけで始められるのか
始められない。マウスピース型も歯を動かす医療行為であり、歯周組織、かみ合わせ、骨格、画像を含む診断が要る。対面診察を省く通販型とは区別が必要だ。

矯正後の保定装置はいつまで使うのか
日本矯正歯科学会の一般向け資料は通常1年以上の毎日使用を示しているが、必要な期間と装着時間は個人で異なる。自己判断で中止せず、担当歯科医師の計画に従う。