医師や看護師、薬剤師がSNSで健康情報を発信する動きに、生成AI(Generative AI)が入り始めた。資料の整理や文章の草稿を速める余地はあるが、生成された説明が正しいとは限らない。医療資格は発信者を見分ける一つの手掛かりになるものの、投稿ごとの根拠、広告との境界、患者情報の扱いは別に確かめる必要がある。
健康誤情報は医療者の説明にも影響
世界保健機関(WHO)は、感染症の流行時にデジタル空間と現実の双方で、誤りや誤解を招く内容を含む情報が過剰になる状態を「インフォデミック」と定義している。混乱や危険な行動を招き、保健当局への信頼と公衆衛生上の対応を損なうとしている。SNSは情報の空白を早く埋める半面、有害な説明も広げる。同じ画面に公的機関の資料、医療者の解説、根拠のない体験談が並ぶため、発信者の肩書だけを見て判断する方法には限界がある。
2012年1月から2024年3月までに公表された70件をまとめたスコーピングレビュー(Scoping Review)は、SNS上の健康誤情報が患者との意思疎通にも影響し、医療従事者は誤情報への対応で有利な立場にありながら、時間と業務負担が参加を妨げると整理した。研究は、健康・デジタルリテラシーの向上には医療、公衆衛生、情報技術などをまたぐ継続的な取り組みが要るとも指摘する。医療者がアカウントを開設すれば問題が解消する、という単純な構図ではない。
生成AIが担えるのは制作の一部
生成AIは、公開資料の論点整理、見出し案、文章や動画台本の草稿に使われる。白紙から書き始める時間は減るが、引用した研究が実在するか、数字が原資料と一致するか、対象となる患者像や条件が抜けていないかは人が確かめる。AIが出した文章を医療者が監修したという表示も、確認した範囲と責任者が曖昧なら読者の検証には役立たない。
個人情報保護委員会は、生成AIの応答に不正確な個人情報が含まれるリスクを挙げ、個人情報を入力する際は利用目的や必要性を検討し、サービスの利用規約とプライバシーポリシーを確認するよう注意を促している。診療で得た相談内容を具体例として入力する運用では、氏名を外すだけで安全とは決められない。病歴、年齢、地域、経過を組み合わせれば本人を識別できる場合があり、医療機関の情報管理規程に沿った判断が先に要る。
読者が検証できる形を残す
健康情報の発信では、読みやすさと検証可能性を同じ画面に置く設計が欠かせない。病名や治療法を短い言葉に置き換えるときも、誰に当てはまる話か、根拠はいつの資料か、不明な点は何かを削らない。訂正履歴や更新日を残せば、古い投稿が検索や再共有で広がった際にも変更点を追える。
厚生労働省の一般向け手引きは、情報がいつ、どこから来たかを確かめ、数字の意味と背景を読み、一つの説明で判断せず複数の情報源を比べるよう示している。これは発信側にも当てはまる。一次資料へのリンク、公開日、研究の対象と限界を併記すれば、読者は結論に至る経路をたどれる。閲覧数や短さだけを優先して条件を落とすと、正確な内容でも受け手に誤解を残す。
日本では医療広告との境界も確認
医療者や医療機関の投稿は、すべてが直ちに医療広告になるわけではない。だが、特定の医療機関へ患者を誘引する意図があり、名称などが特定できる表示は広告規制の対象になりうる。一般的な健康解説の形をとっていても、投稿から予約ページへ導く構成や治療効果の強調があれば、衛生教育だけの発信とは扱いが変わる。
厚生労働省は医療広告等ガイドラインとウェブサイト事例解説書を公開し、医療機関のウェブサイトにある虚偽や誇大な表示について通報窓口も設けている。生成AIで作った文章や画像も、公開した主体の責任から外れない。患者の体験談、他院より優れているとの比較、治療結果を保証する表現が草稿に混じれば、生成経路にかかわらず公開前に取り除く必要がある。
数字がない領域を過大評価しない
日本の医療従事者が生成AIを使ってSNS発信している割合や、AIの導入で発信量と正確性がどう変化したかを示す全国規模の公的統計は、本稿の執筆時点で確認できていない。研修会や個別アカウントの事例から、国内全体の普及度や効果を推計するのは難しい。
確認できるのは、SNS上の健康誤情報が医療者と患者の意思疎通に影響すること、生成AIには不正確な出力と個人情報を巡るリスクがあること、日本では医療広告の規制がウェブ上の表示にも及ぶことである。制作時間の短縮は利点になりうるが、公開前の出典照合、個人情報の管理、広告該当性の確認に必要な時間は残る。
よくある質問
医療資格が表示されていれば、投稿内容は信頼できるのか
資格は発信者を確かめる材料の一つだが、個々の投稿の正確さを保証しない。出典、資料の日付、数字の母数、適用範囲、訂正履歴を合わせて見る必要がある。
生成AIの利用を明記すれば十分か
利用の表示だけでは、誤りや個人情報の問題は解消しない。何をAIに任せ、誰がどの資料と照合したかを組織内で記録し、公開内容の責任者を明確にする運用が要る。
SNSの健康解説は医療広告に当たるのか
投稿の肩書や媒体名だけでは決まらない。医療機関への誘引性、医療機関を特定できる表示、治療内容の表現などを個別に見て判断する。判断が難しい場合は、厚生労働省が公開するガイドラインと所管自治体の相談窓口を確認する。
出典・参考資料
- Infodemic(World Health Organization)インフォデミックの定義、健康行動と公衆衛生への影響、管理の四つの活動を示す公式ページ
- Prevalence of Health Misinformation on Social Media—Challenges and Mitigation Before, During, and Beyond the COVID-19 Pandemic: Scoping Literature Review(PubMed / Journal of Medical Internet Research)2012年から2024年までの70件を対象に、SNS上の健康誤情報と医療従事者の対応を整理したスコーピングレビュー
- 健康・医療情報の見極め方・向き合い方(厚生労働省 eJIM)情報源、日付、数字の背景、複数資料の比較を確認項目として示す一般向け手引き
- 医療法における病院等の広告規制について(厚生労働省)医療広告等ガイドライン、ウェブサイト事例解説書、相談・通報窓口を掲載する公式ページ
- 生成AIサービスの利用に関する注意喚起等について(個人情報保護委員会)生成AIへの個人情報入力、出力に不正確な個人情報が含まれるリスク、利用規約の確認を促す注意喚起