パキスタン南西部バロチスタン州で、武装攻撃と治安部隊の作戦に伴う7月の死者が372人に達した。6月の109人から241%増えたが、この数字には民間人と治安要員に加え、作戦で死亡した武装勢力側の人数も含まれる。
イスラマバードの民間研究機関、パキスタン紛争・安全保障研究所(Pakistan Institute for Conflict and Security Studies、PICSS)の月例評価によると、同州の死者は6月の109人から7月の372人へ増え、伸び率は241%となった。武装勢力の攻撃と治安部隊の対テロ作戦が同時に拡大した月だった。
死者372人の内訳 民間人は54人
「372人」は民間人だけの犠牲者数ではない。内訳は治安要員62人、武装勢力238人、民間人54人、親政府系の地域和平委員会メンバー18人である。武装勢力側が全体の約64%を占めた。
前月との比較では、治安要員が6人から62人へ増え、増加率は933%となった。武装勢力側は75人から238人、民間人は28人から54人へ増えた。人数と増加率の大きさは、出発点となる6月の人数が区分ごとに異なる点を踏まえて読む必要がある。
全国集計の「205人死亡」と「武装勢力401人死亡」も区分が分かれている。205人は治安要員112人、民間人74人、地域和平委員会メンバー19人の合計で、武装勢力側の401人は別枠だ。したがって、205人を全当事者の総数として扱うと集計の意味が変わる。
月初の攻撃と治安部隊の反攻が重なる
Dawnが伝えたパキスタン軍広報部門(Inter-Services Public Relations、ISPR)の7月8日発表では、同月5日以降の攻撃と作戦で民間人4人、警察官27人、兵士11人、武装勢力54人が死亡した。民間人はクエッタ郊外のハンナ・ウラク(Hanna Urak)、警察官はジアラット(Ziarat)、兵士はベラ・ウィンダー(Bela-Winder)での攻撃による人数とされた。
ジアラットで警察官27人が死亡した後、軍、警察、辺境軍団(Frontier Corps)は山間部でシャバン作戦(Operation Shaban)を進めた。Dawnは7月16日、当局者の説明として、シャバン作戦で死亡した武装勢力は同日時点で88人、7月5日以降の州内の作戦では126人に達したと報じた。いずれも政府側が「テロリスト」と認定した人数で、第三者が氏名や所属を照合した集計ではない。
PICSSの「全体の死者」には、武装攻撃で死亡した民間人や治安要員と、治安部隊の作戦で死亡した武装勢力が入る。このため241%増という数字は、民間被害の増加だけを表す指標ではなく、攻撃と反攻を合わせた暴力の規模を示す。公開された月例集計だけでは、372人全員を個別の事件に割り振れない。
「フィトナ・アル・ヒンドゥスタン」は組織名ではない
パキスタン政府は、バロチスタン州の武装勢力を「フィトナ・アル・ヒンドゥスタン(Fitna al-Hindustan)」と呼ぶ。欧州連合庇護機関(European Union Agency for Asylum、EUAA)の国別情報は、政府が2025年5月、州内で活動する武装集団全般にこの名称を付けたと整理している。単一組織の正式名称や自称ではない。
この呼称には、武装勢力がインドの支援を受けているとのパキスタン政府の主張が組み込まれている。EUAAは政府の主張として記録しており、インドの関与を独自に認定してはいない。本稿で確認したDawn、EUAA、日本外務省の資料にも、個別の資金や指揮系統を裏づける独立した調査結果は示されていない。
EUAAは、州内でバローチ解放軍(Baloch Liberation Army、BLA)やバロチスタン解放戦線(Balochistan Liberation Front、BLF)、パキスタン・タリバーン運動(Tehreek-e-Taliban Pakistan、TTP)など背景の異なる勢力が活動しているとする。政府の軍事対応に加え、政治・経済上の不満、強制失踪や超法規的殺害をめぐる人権侵害の報告が住民の反発を深めたとも評価している。州内の暴力を一つの組織や一つの国外要因で説明する資料ではない。
日本外務省、州全域に渡航中止以上の勧告
日本外務省は2026年5月27日付の危険情報で、バロチスタン州全域を少なくともレベル3の「渡航中止勧告」とし、州都クエッタ市とアフガニスタン国境周辺にはレベル4の「退避勧告」を継続した。同省はBLAやBLFによる攻撃が活発だとし、軍・治安機関、政府要人、インフラ、他州からの移動者、鉱物資源の運搬車両を主な標的として挙げている。
外務省の情報は邦人向けの渡航危険評価であり、PICSSの死者数を独自に検証した資料ではない。7月の死者372人や個別作戦の人数を日本政府が確認した公表資料は、本稿の執筆時点で確認できていない。
今後の焦点は集計根拠と身元確認
今後の確認点は、PICSSが月例集計の基礎となる事件一覧をどこまで公開するか、パキスタン当局が作戦ごとの死亡者の身元と所属を示すか、民間人の被害を第三者が照合できるかの三つだ。8月10日にパンジグール(Panjgur)で実施されたとされる作戦は、死者や押収品を確認できる一次資料を確保できなかったため、本稿の検証対象から外した。
よくある質問
バロチスタン州で7月に民間人372人が死亡したのか
違う。372人は治安要員62人、武装勢力238人、民間人54人、地域和平委員会メンバー18人の合計である。
前月比241%増とは何人から何人への増加か
6月の109人から7月の372人への増加を指す。増加人数は263人で、7月の人数は6月の約3.4倍となる。
「フィトナ・アル・ヒンドゥスタン」は武装組織の名前か
単一組織の名称ではない。パキスタン政府がバロチスタン州で活動する武装勢力全般に用いる呼称で、インドの支援があるとの政府の主張を含む。
日本外務省の危険情報はどうなっているか
2026年5月27日付情報では、バロチスタン州全域が少なくともレベル3の渡航中止勧告で、クエッタ市とアフガニスタン国境周辺はレベル4の退避勧告である。
出典・参考資料
- July deadliest month of 2026 as 205 lives lost, 401 terrorists killed: PICSS(Dawn)PICSSによる7月の全国集計、バロチスタン州の死者372人と内訳、前月比を報じた記事
- 38 security personnel martyred, 54 terrorists neutralised in recent Balochistan attacks: DG ISPR(Dawn)7月5日以降の攻撃と反撃について、パキスタン軍広報部門の発表内容を報じた記事
- Three more terrorists killed as Operation Shaban continues(Dawn)シャバン作戦の実施主体、7月16日時点の当局発表による死者数を報じた記事
- 4.2.1. Balochistan(European Union Agency for Asylum)武装勢力の構成、政府呼称「Fitna al Hindustan」の由来、紛争の政治・人権面を整理した国別情報
- パキスタンの危険情報【一部地域の危険レベル引上げ】(外務省)バロチスタン州の危険レベルと、同州で活動する主な分離主義勢力・攻撃対象を示した2026年5月27日付情報