デジタル治療(Digital Therapeutics、DTx)は、ソフトウェアを疾病の治療や治療補助に使う領域を指す。日本では「DTx」が独立した法令上の品目区分になっているわけではなく、規制上は医療機器プログラムとして扱われる。2026年6月には、ビデオゲーム型の小児向け治療補助アプリと不眠障害用アプリが相次いで公的医療保険の対象に入った。スマートフォンで動く点は一般の健康アプリと同じでも、承認、保険評価、医療機関での運用という三つの段階を通る。

健康アプリとの境界──用途とリスクで決まる

厚生労働省は、医療機器としての目的を持ち、意図どおりに機能しない場合に患者や使用者の生命・健康へ影響するおそれのあるソフトウェアを医療機器プログラムとして規制すると説明している。影響がほとんどない一般医療機器相当のプログラムは規制対象から外れる。ダウンロードされるソフトウェアだから一律に軽く扱われるのではなく、何を目的に掲げ、誤作動がどの程度の危険を生むかで線が引かれる。

医療機器該当性の公式ガイドラインは、同じ機能でも使用目的が違えば判断が変わりうるとし、個人の健康記録を保存・管理・表示するだけのプログラムを医療機器に該当しない典型例に挙げる。歩数や睡眠の記録、診療予約、健康情報の閲覧といった機能だけでは、治療用アプリとは呼べない。反対に、疾病の治療や治療方針の支援を目的に掲げるソフトウェアは、表示内容とリスクを踏まえた審査の対象になる。

オフィスで医療ソフトの規制資料と審査フローを確認する研究者(イメージ)

日本の先行例──承認の次に保険評価

日本で治療用アプリが保険診療に入った先行例は、禁煙と高血圧の治療補助だった。厚生労働省の資料では、CureApp SC ニコチン依存症治療アプリ及びCOチェッカーは2020年8月に承認され、同年12月に保険適用となった。CureApp HT 高血圧治療補助アプリは2022年4月に承認され、同年9月に保険適用となっている。前者は標準禁煙治療への上乗せ、後者は医師の管理下での治療補助として評価された。

ここで承認と保険適用は分けて考える必要がある。厚生労働省は、新しい医療機器を保険診療で使うには保険適用手続きが必要だと明記している。製造販売承認を得ても、診療報酬上の評価や償還価格が自動で付くわけではない。医師がどの管理料を算定し、ソフトウェアの費用を技術料に含めるか、特定保険医療材料として個別に評価するかという次の審査がある。

診察室で医師が患者に治療用アプリの画面を説明する様子(イメージ)

2026年6月、ゲーム型と不眠障害用が保険へ

厚生労働省の確定通知では、ENDEAVORRIDE(エンデバーライド)とサスメド 不眠障害用アプリ Medcleが2026年6月1日に保険適用となり、償還価格はそれぞれ1万4500円と2万4100円に設定された。この金額は医療機関側の請求に使う保険償還価格で、アプリストアの販売価格でも患者の窓口負担額そのものでもない。診療に伴う技術料と患者ごとの負担割合は別に扱われる。

小児向けのENDEAVORRIDEは、誰でも遊べる健康ゲームとは位置づけが違う。PMDAの審査報告書は、スマートフォンなどに入れて使うビデオゲーム型の医療機器プログラムとし、使用目的を「小児期における注意欠如多動症(ADHD)の治療補助」に限定している。国内試験の安全性解析対象は6〜17歳の164人で、承認には関連学会の適正使用指針の周知と医師向け講習を実施する条件が付いた。医療者の管理と既存の治療を前提にした「補助」であり、一般向けゲームや単独の治療に読み替える根拠はない。

病院の研究者が臨床試験データと医療機器規制の資料を確認する様子(イメージ)

米独との違い──「DTx」の数え方も同じではない

米国では処方デジタル療法が医療機器として510(k)またはDe Novoの経路を通る。2025年5月に公表された横断研究は、同月時点でFDAが認めたソフトウェア単体の処方デジタル療法を13品と集計し、510(k)経由を8品、De Novo経由を5品としている。これは研究者が公開されたFDA資料から定義した集計であり、2026年8月時点の最新承認数ではない。

ドイツは製品の承認と給付をDiGAという専用の一覧で接続する。ドイツ連邦保健省の国家保健ポータルは、BfArMのDiGA一覧に載るアプリを医師または心理療法士が処方し、法定医療保険が費用を負担すると説明している。日本は個々のプログラム医療機器を承認し、その後に保険上の区分と価格を評価する。

国内総数を米国やドイツと横並びにするのは難しい。PMDAの公開一覧は、主たる一般的名称に「プログラム」を含む承認品目を収録する一方、有体物の構成品としてアプリを含む製品は対象外だと明記している。一覧はDTxだけを切り出していない。どこまでをデジタル治療と呼ぶかで数が変わるため、政府が示していない国内の「承認済みDTx総数」は置けない。

承認の先に残る採用と事業継続

規制当局の承認は、市場での定着を保証しない。米Pear Therapeuticsが提出した2022年の年次報告書には、reSET、reSET-O、Somrystの3製品がFDAの認可を受けていたと記載されている。それでも、翌年4月7日提出のForm 8-Kによると、同社は連邦破産法11条の適用を申請し、事業または資産の売却手続きに入り、全従業員の92%にあたる約170人の削減を決めた。この一社から市場全体の採算性は判断できないが、承認と事業継続が別の問題であることは示す。

治療用アプリには、医師への研修、院内の導入手順、OS更新やサイバーセキュリティーへの対応、診療報酬の請求実務が付随する。2026年6月に保険適用された2製品について、全国の処方件数や継続率を示す公的な集計は本稿執筆時点で確認できていない。保険収載後に実際の診療でどこまで使われるかは、これから検証される段階だ。

書類が積まれた新興企業のオフィスで経営資料を確認する担当者(イメージ)

よくある質問

デジタル治療と一般の健康管理アプリは何が違うのか
アプリの見た目では決まらない。表示された使用目的と、機能しない場合のリスクが基準になる。健康記録の保存や表示だけを目的とするソフトウェアは規制対象外の典型例だが、疾病の治療や治療補助を目的とする製品は医療機器プログラムとして審査される。

医療機器として承認されれば、公的医療保険も使えるのか
承認だけでは決まらない。製造販売承認の後に保険適用手続きがあり、診療報酬上の区分や償還価格が評価される。保険償還価格は患者がアプリに直接支払う金額ではない。

ゲーム型なら、子どもが自由に使ってよいのか
ENDEAVORRIDEの承認目的は小児期ADHDの治療補助で、医療者の管理と適正使用指針を前提とする。一般向けゲームとは異なり、対象や継続の判断は承認された範囲と医療上の評価に沿って行われる。