高齢者のための包括的ケア(Integrated Care for Older People、ICOPE)は、病名ごとに診療を分けるのではなく、高齢者本人の身体・精神の能力と生活環境を一体で捉える世界保健機関(WHO)の枠組みだ。短いスクリーニングは入口にすぎず、結果を詳しい評価、本人の希望に沿ったケア、紹介、継続的な確認へ結び付けるところまでがICOPEに含まれる。

確認するのは移動、活力、視力、聴力、認知、心理の6領域

国立長寿医療研究センターは、ICOPEが扱う内在的能力を移動能力、活力、視力、聴力、認知機能、心理機能の6領域と説明している。活力には食欲や意図しない体重減少など栄養に関わる徴候が入り、心理機能では気分の落ち込みや関心の低下を確認する。

認知機能では言葉の記憶や日時・場所の認識、移動能力では椅子からの立ち上がり、視力と聴力では日常の見え方・聞こえ方を調べる。結果は「できた」「できなかった」で人を選別する判定ではない。以前との変化と生活への影響を見つけ、次の評価が必要かを判断する手掛かりである。

認知機能、移動能力、活力、視力、聴力、心理機能の6領域を並べた図

急な変化はICOPEを待たず119番

支えなしでは立てないほど急にふらつく、顔の片側が動きにくい、ろれつが回らない、突然片方の腕や脚に力が入らない、急な息切れや呼吸困難がある場合は、自己評価を続ける段階ではない。厚生労働省は、これらを高齢者が迷わず119番を呼ぶ症状として挙げている。突然の激しい頭痛や、急に見える範囲が狭くなった場合も同じ扱いになる。

スクリーニングは診断ではなく第1段階

WHOが2025年に公表した第2版の手引きは、内在的能力の低下を捉え、社会的なケアと支援の必要性を確認し、本人に合わせたケア計画を作る実務的な経路を示している。スクリーニングで徴候が出た時点を、病名や要介護状態の確定とみなす構成ではない。

国立保健医療科学院の2024年の解説も、6領域のスクリーニングをケア手順の第1段階に置き、徴候があれば詳しい評価、基礎疾患と服薬の確認、個別ケア計画、紹介と追跡へ進む流れを示す。見えにくさの背景に眼疾患、歩きにくさの背景に関節や神経の問題がある場合のように、同じ回答でも確認すべき原因は異なる。

スクリーニングの精度も領域ごとに一定ではない。スペインの70歳以上207人を対象にした2023年の横断研究では、感度は認知機能で0.889だった一方、ほかの多くの領域では0.438〜0.569にとどまり、研究者は外部集団での追加検証が必要だと結論付けた。正常との結果だけで持続する変化を除外せず、印が付いても特定の病気と自己判断しないことが前提になる。

ICOPEのスクリーニングから詳しい評価、個別ケア、紹介、追跡へ進む流れを示した図

日本の後期高齢者向け質問票とは別の枠組み

日本にはICOPEとは別に、後期高齢者の健診などで使う公的な質問票がある。厚生労働省の質問票は、健康状態、心の健康状態、食習慣、口腔機能、体重変化、運動・転倒、認知機能、喫煙、社会参加、ソーシャルサポートの10類型15項目で構成され、回答を健診・医療・介護情報と合わせて支援や受診へつなぐ設計だ

歩行、栄養、認知、心理など重なる部分はあるが、視力と聴力を独立して確認するICOPEと、口腔機能や社会参加まで尋ねる日本の質問票は項目も目的も同一ではない。片方の結果をもう片方の基準で読み替えるのは避ける必要がある。日本語版の手引きと解説は公開されているものの、WHO版ICOPEの自己評価から紹介、介入、追跡までを全国共通で運用していると示す公的資料は、本稿の執筆時点で確認できていない。

自己評価後に残す情報と相談先

変化の経過を残す。 見えにくさ、聞こえにくさ、歩きにくさ、物忘れ、気分、食欲や体重について、始まった時期、頻度、日常生活への影響を記録する。転倒した日や、家族が気づいた変化も分けて書く。

医療上の確認につなぐ。 持続する変化や新しい徴候があれば、結果と経過、お薬手帳をかかりつけ医へ示す。視力、聴力、認知機能、心理機能、栄養、移動能力は、それぞれ必要な診察や検査が異なるため、1項目の回答だけで原因を決めない。

生活・介護の困り事も伝える。 通院手段、買い物、食事の準備、家族の介護負担などが課題なら、居住地を担当する地域包括支援センターが相談先になる。厚生労働省は、地域包括支援センターを市町村が設置し、高齢者の総合相談と介護予防に必要な援助を担う機関と位置付け、都道府県別の案内を掲載している

次の確認時期を決める。 詳しい評価、紹介先、連絡方法、再評価の時期を記録する。スクリーニング件数だけでは、支援が本人の生活へ届いたかは分からない。紹介を受けたか、介入が続いたか、生活機能がどう変わったかまで追う必要がある。

変化の記録、評価時の状況確認、服薬情報、相談先、再評価の予定を整理する5段階の流れを示した図

子ども、妊婦、持病・常用薬のある人

ICOPEは高齢者の機能と生活を評価する枠組みであり、子どもの発達評価や妊娠中の健康評価を置き換えない。慢性疾患がある人や薬を常用する人では、病気そのものや薬の影響が食欲、ふらつき、認知、気分に表れる場合がある。薬を自己判断で中止・増減せず、処方内容と症状の時間関係を医師や薬剤師へ伝え、調整は処方医の判断を受ける。

よくある質問

ICOPEの「6つの内在的能力」とは何か
移動能力、活力、視力、聴力、認知機能、心理機能を指す。活力には食欲や体重減少など栄養に関わる徴候が含まれる。

一つでも印が付けば病気や要介護状態なのか
病名や要介護状態の確定ではない。変化の経過と生活への影響を確認し、必要な領域の詳しい評価へつなぐための手掛かりである。

結果が正常なら変化を放置してよいのか
正常との結果は、全ての問題を除外する保証ではない。新しい変化が続く、転倒や意図しない体重減少がある、家族が認知や気分の変化に気づいた場合は、次回の自己評価を待たず相談する。

家族が本人に代わって回答してよいのか
操作や質問理解の補助、日常の観察の追加は役立つが、本人の回答を置き換えない。本人と家族の見方が違う場合は、両方を記録して評価者へ伝える。