不眠症の認知行動療法(Cognitive Behavioral Therapy for Insomnia、CBT-I)は、寝床での行動、睡眠時間の組み方、眠れないことへの考え方を専門家と調整する治療である。睡眠習慣に関する一般的な助言を並べた「睡眠衛生」とは範囲が異なる。

眠れない夜があるだけで、慢性不眠障害と決まるわけではない。国内の2026年適正使用指針は、十分な睡眠機会と環境があるのに夜間の睡眠困難と日中の機能低下が週3回以上、3か月以上続き、ほかの睡眠障害では説明できないことを慢性不眠障害の条件として整理している。診断では、いびきや睡眠中の呼吸停止、脚の不快感、昼間の強い眠気、服薬、心身の病気も確認する。

受診を急ぐ状態──強い日中症状と自傷の危険

厚生労働省の「睡眠ガイド2023」は、睡眠環境や生活習慣を見直しても十分に眠れない、休養感がない、日中の眠気が強い状態が続き、日中生活へ影響する場合は速やかに医師へ相談するよう示している。運転中に居眠りしそうになる、仕事や家事を安全に続けられないほど集中力が落ちる場合は、運転や危険作業を中止し、睡眠時間制限法を自分で始めず受診を優先する。

「死にたい」「消えたい」という考えがある場合は、一人でCBT-Iを進める段階ではない。厚生労働省が掲載する「#いのちSOS」は0120-061-338で24時間365日相談を受け付けている。自分を傷つけた、意識がはっきりしない、急な呼吸困難がある場合は、厚生労働省の救急案内が緊急性の高い症状での119番通報を求めている

第一選択の根拠──固定の「五つの手順」ではない

米国睡眠医学会(American Academy of Sleep Medicine、AASM)の2021年指針は、成人の慢性不眠に多要素のCBT-Iを強く推奨し、訓練を受けた治療者が睡眠日誌を使いながら通常4〜8回で進める治療と整理した。刺激統制法、睡眠時間制限法、認知療法を軸に、睡眠衛生教育やリラクセーションを組み合わせる。構成と比重は症状や生活条件で変わる。

国立精神・神経医療研究センターが2024年に紹介した解析は、成人3万1452人を含む241件の無作為化比較試験を集め、睡眠制限法、刺激統制法、認知再構成、マインドフルネス、対面提供を有効な要素として示した。一方、この解析では睡眠衛生指導とリラクセーションを加えた効果は確認されなかった。睡眠衛生を整える意味はあるが、それだけをCBT-Iと呼ぶ根拠にはならない。

刺激統制法──寝床と覚醒の結び付きを弱める

刺激統制法は、寝床を「眠ろうと焦り続ける場所」から睡眠の手掛かりへ戻す。眠気が出てから寝床へ入り、眠れない状態が続けばいったん離れ、明るい画面や仕事を避けて静かに過ごし、眠気が戻ってから寝床へ戻る。起床時刻はそろえ、寝床で長く時計を見続けない。

「20分たったら必ず離れる」と時計で厳密に測る方法ではない。時間を監視する行為が焦りを強める人もいる。夜間に立ち上がると転倒しやすい人は、安全な動線と照明を先に確認し、無理に離床しない。

睡眠時間制限法──自己流の睡眠不足ではない

睡眠時間制限法は、睡眠日誌から実際の睡眠時間と寝床で過ごす時間の差を見て、寝床にいる時間帯を調整する。眠る時間を際限なく削る方法ではない。治療者は日中の眠気、疲労、気分、仕事の安全性を確認し、経過に合わせて時間帯を見直す。

治療初期には眠気や集中力低下が一時的に強まる場合がある。運転や機械操作を担う人、夜勤・交代勤務の人、躁状態・軽躁状態を起こしやすい人、発作が十分に管理されていないてんかんの人では、睡眠不足が事故や症状悪化につながりうる。睡眠時間の調整は受診後に決める。

薄暗い寝室でスマートフォンを伏せ、就寝の準備をする人(イメージ)

認知再構成と睡眠衛生──役割を分ける

認知再構成では、「今夜眠れなければ明日は何もできない」といった予測を記録し、事実と推測を分けて捉え直す。単に前向きな言葉へ置き換える作業ではない。睡眠への強い不安と、長く寝床にとどまる行動がどう結び付くかを治療者と確かめる。

睡眠衛生は、起床時刻、日中の活動、光、カフェイン、飲酒、寝室環境を整える土台になる。リラクセーションは就床時の緊張を下げる補助策となる。ただし、AASM指針は睡眠衛生だけを慢性不眠の単独治療に使わないよう条件付きで勧告している。

薬物療法は排除しない

第一選択がCBT-Iであることは、睡眠薬を一律に否定する意味ではない。AASMの2026年指針は、成人の慢性不眠では薬物療法単独よりCBT-Iとの併用を条件付きで支持した一方、CBT-I単独と比べて薬を加える方法は支持しなかった。両方の推奨はエビデンスの確実性が低い

指針が調べたのは、CBT-Iと薬物療法を同時に始めた試験が中心である。すでに薬を使っている人の減量や中止を一律に決める資料ではない。処方薬を自己判断で増減、中止せず、症状、併存疾患、副作用、本人の希望を処方医と確認する。

小児、妊娠中、高齢者、持病・常用薬がある人

AASMの強い推奨は成人の慢性不眠を対象とし、小児の睡眠時間を成人と同じ方法で制限する根拠にはならない。妊娠中・授乳中の人、心身の持病がある人、眠気を伴う薬を常用する人も、本稿から安全な調整幅は決められない。主治医または睡眠医療に詳しい医療者へ相談する。

国内の医療用デジタルCBT-Iに関する2026年の適正使用指針は、妊娠中、中等度以上の身体疾患、精神疾患、夜勤・交代勤務などをそのプログラムの原則対象外とし、運転・危険作業での眠気、高齢者や睡眠薬使用者が夜間に離床する際の転倒に注意を求めている。これは特定の医療用プログラムの基準であり、ほかの治療法へそのまま広げる資料ではない。それでも、睡眠時間制限法を一般的な健康法として自己流で始めない理由を示す。

日本では2026年度から保険診療の対象に

厚生労働省の2026年度診療報酬改定は、認知療法・認知行動療法の対象疾患に不眠症を加え、一連の治療につき8回を算定上限とした。医師、看護師、公認心理師の実施条件や施設基準も定められている。8回という数字は診療報酬上の上限で、全員が8回で改善するという効果の線引きではない。

保険対象になっても、すべての医療機関が不眠症へのCBT-Iを提供するわけではない。予約前に、慢性不眠への多要素CBT-Iを扱うか、担当者が睡眠日誌と睡眠時間制限法を管理するか、保険診療の対象かを確認する。日本で実際に提供する医療機関数や地域別の待機期間をまとめた最新の公的な全国集計は、本稿の執筆時点で確認できていない。

よくある質問

寝つきが悪ければ慢性不眠障害なのか
寝つきだけでは決まらない。十分な睡眠機会があるか、日中の生活へ支障があるか、週3回以上かつ3か月以上続くか、別の睡眠障害や病気で説明できないかを医療者が確認する。

睡眠衛生を整えればCBT-Iになるのか
同じではない。規則的な起床、光や嗜好品、寝室環境の調整は土台だが、多要素CBT-Iには刺激統制法、睡眠時間制限法、認知療法などが含まれる。睡眠衛生だけを慢性不眠の単独治療にはしない。

眠れなければ20分で必ず寝床を出るのか
時計で20分を厳密に測る必要はない。眠れず覚醒が続くときに寝床を離れ、眠気が戻ってから戻るのが刺激統制法の考え方である。転倒しやすい人は離床の安全を優先する。

CBT-Iを始めれば睡眠薬をやめてよいのか
自己判断ではやめない。2026年の併用指針も、個々の薬の中止手順を示したものではない。継続、減量、中止は処方医と決める。

CBT-Iは自分だけで始められるのか
睡眠日誌や刺激統制の考え方は理解できるが、寝床にいる時間を削る調整は眠気と事故の危険を伴う。日中生活への影響や持病を確認した後、訓練を受けた医療者の管理下で進める。