歯の喪失と認知症の間には、複数の世代研究で関連が見つかっている。だが、現在の証拠は「歯を失えば認知症になる」という因果を示していない。義歯を使う人で統計上の差が消えた解析もあるが、義歯が認知症を防ぐとの結論には進めない。
受診を急ぐ状態──急な呼吸困難は119番
歯の本数や義歯の相談とは別に、急な息切れや呼吸困難がある場合は119番通報の対象だ。厚生労働省の救急案内は、成人と高齢者の急な息切れ、呼吸困難を、すぐに救急車を呼ぶ症状として挙げている。食事や飲み物でむせる状態が繰り返す場合は、認知症リスクの自己判定に使わず、かかりつけの医師や歯科医師に経過を伝える必要がある。
日本の4,425人研究が示した1.85
出発点は、日本の65歳以上4,425人を2003年から2007年まで追跡した世代研究だ。歯の状態と義歯の使用は質問票で把握し、自治体の公的介護保険記録から認知症の発症を追った。追跡中の発症は220人だった。年齢、所得、体格、既往症、飲酒、運動、物忘れなどを調整した解析では、歯がほとんどなく義歯を使わない人の発症ハザード比は、20本以上の歯がある人に比べ1.85、95%信頼区間は1.04〜3.31だった。
1.85という値には幅がある。信頼区間の下限は1に近く、歯数と義歯使用はいずれも自己申告だった。発症の判定も医療機関での一律の認知症診断ではなく、公的介護保険の記録を用いている。日本の高齢者を追跡した点は重要だが、単独の研究で因果まで決める材料にはならない。
統合解析でも「義歯なら予防」とは読めない
2018年の統合解析は8件の世代研究、計14,362人をまとめ、認知症を発症した2,072人を含んだ。歯の喪失がある人の認知症リスクは全体で1.34倍であり、歯を1本失うごとに相対危険度が1.01倍になる線形の量反応関係も報告された。もっとも、地域別の解析ではアジアの相対危険度は1.33、95%信頼区間は0.99〜1.77で、統計的に有意な差には届かなかった。
義歯の有無を分けた解析では差が鮮明に見える。義歯なし群の相対危険度は1.53、95%信頼区間は1.19〜1.97だったのに対し、義歯あり群は0.98、95%信頼区間は0.87〜1.10だった。後者は基準群との差がない結果であり、義歯がリスクを下げたと証明した結果ではない。義歯を使える人は受診行動、所得、全身状態、家族の支援などが異なる可能性があり、群の違いを完全には取り除けない。
逆向きの経路も残る。認知機能の低下が先に始まれば、歯磨き、義歯の管理、歯科受診を続けにくくなり、その後に歯を失う場合がある。義歯の装着で認知症発症が減るかを日本国内で検証した無作為化比較試験は、本稿の執筆時点で確認できていない。
認知症より手前にある「オーラルフレイル」
歯数だけでは高齢期の口の状態を捉え切れない。2024年、日本老年医学会、日本老年歯科医学会、日本サルコペニア・フレイル学会は、オーラルフレイル(Oral Frailty)の定義を統一した。三学会の合同声明は、健康な口と口腔機能低下の中間にあり、歯の喪失や食べること、話すことに関わる軽微な機能低下が重なった状態と位置づけ、適切な対応で改善しうるとしている。
新しい評価法はオーラルフレイル5項目チェックリスト(Oral Frailty 5-item Checklist、OF-5)だ。自分の歯が19本以下、半年前より硬い物を食べにくい、お茶や汁物でむせる、口の渇きが気になる、言葉をはっきり発音しにくい、という5項目のうち2項目以上が該当基準になる。これは口腔機能の状態を拾うチェックリストで、認知症を判定する検査ではない。
口腔機能の低下が重なることには、認知症との関連とは別の意味がある。柏市の地域在住高齢者2,011人を追跡した研究では、口腔状態の六つの指標のうち三つ以上が低下した群で、身体的フレイルは2.4倍、サルコペニアは2.2倍、要介護は2.3倍、死亡は2.2倍だった。これも観察研究の関連であり、一つの口腔ケアが四つの転帰を防ぐと示した試験ではない。
日本の現在地──8020達成は51.6%
日本では1989年から、80歳で20本以上の自分の歯を保つ「8020運動」が続いている。厚生労働省の2022年歯科疾患実態調査では、75歳以上85歳未満の結果から推計した8020達成率は51.6%で、2016年の51.2%と同程度だった。過去1年間に歯科検診を受けた人は58.0%だった。全国から抽出した地区で行う標本調査の推計値であり、日本の全高齢者を漏れなく数えた値ではない。
8020は人口集団の目標であり、20本を下回れば認知症になる境界線ではない。残っている歯の本数、義歯の適合、かむ力、飲み込み、口の乾燥は別々の情報を持つ。歯の喪失と認知症の関連を、義歯による予防効果へ言い換えないことが、現在の証拠に合った読み方になる。
よくある質問
歯が少ないと認知症になるのか
観察研究では発症との関連が見つかっているが、因果関係は証明されていない。認知機能の低下が口腔管理を難しくし、その後に歯を失う逆因果もありうる。
義歯を入れれば認知症を防げるのか
その効果は証明されていない。統合解析の義歯あり群でリスク差が有意でなかったことと、義歯を装着する介入で認知症が減ることは別の命題だ。義歯の必要性と方式は、認知症予防をうたう情報ではなく、口腔内とかみ合わせを診査した歯科医師の判断で決める。
OF-5は認知症の自己検査なのか
違う。OF-5は歯数、咀嚼、嚥下、口腔乾燥、滑舌からオーラルフレイルを確認する5項目の指標であり、認知症を診断する検査ではない。
出典・参考資料
- Association Between Self-Reported Dental Health Status and Onset of Dementia(CiNii Research)日本の65歳以上4,425人を2003年から2007年まで追跡し、歯数と義歯使用別の認知症発症ハザード比を報告した世代研究
- Tooth Loss Is Associated With Increased Risk of Dementia and With a Dose-Response Relationship(PubMed Central)8件の世代研究14,362人をまとめ、全体と義歯使用別の相対危険度を示した統合解析
- オーラルフレイルに関する3学会合同ステートメント(日本老年医学会・日本老年歯科医学会・日本サルコペニア・フレイル学会)オーラルフレイルの統一定義と5項目チェックリストOF-5を示した2024年の声明
- Oral Frailty as a Risk Factor for Physical Frailty and Mortality in Community-Dwelling Elderly(PubMed)柏市の地域在住高齢者2,011人を対象に、口腔機能の低下と身体的フレイル、サルコペニア、要介護、死亡との関連を追跡した研究
- 令和4年歯科疾患実態調査の結果(概要)(厚生労働省)2022年の8020達成率51.6%と過去1年間の歯科検診受診率58.0%を公表した全国調査
- こんな時は迷わず119へ(厚生労働省)成人と高齢者の急な息切れ、呼吸困難を救急車要請の目安として示す公式案内