歩く速度が落ちた、椅子から立つときに強く手をつく、家の中で家具につかまるようになったという変化は、「年齢のせい」で終わらせず、本人の以前の状態と比べて確認する情報である。2026年3月に公表された米国のFAST-2試験は、1日約4分の筋力トレーニングで三つの機能検査が改善したと報告したが、実際の転倒や骨折が減ったかは調べていない。

急なふらつきや片側の脱力は119番

厚生労働省は、高齢者が急にふらついて立っていられない、顔の半分が動きにくい、ろれつが回りにくい、突然片方の腕や脚に力が入らない、急な息切れや呼吸困難がある場合を、迷わず119番を呼ぶ症状として挙げている。突然の激しい頭痛や意識の異常も同じ扱いになる。

こうした変化があるときは、歩行テストや筋力トレーニングを先に試す段階ではない。運動を中止して救急要請へ切り替え、症状が始まった時刻、転倒や頭部打撲の有無、普段との違いを伝える。

日本の初期確認──以前の歩行と過去1年の転倒

厚生労働省の後期高齢者向け質問票は、「以前に比べて歩く速度が遅くなってきたか」「過去1年に転んだことがあるか」「ウォーキングなどの運動を週1回以上しているか」の3項目を合わせて確認する構成である。歩行の変化は、同年代の人との速さ比べではなく、本人が以前できていた生活動作との差から捉える。

転倒歴があれば、回数だけを数えず、屋内か屋外か、骨折や頭部打撲があったか、起き上がれたか、意識を失った可能性がないか、転ぶ不安で外出を減らしていないかを記録する。杖や歩行器の使用、立ち上がり、方向転換、段差での動き、新しい痛みやめまいも、受診時に原因を絞る手掛かりになる。

歩行速度、5回椅子立ち上がり、計時起立歩行、立位バランスは、それぞれ別の機能を見る検査である。椅子の高さ、ひじ掛けの使用、補助具、痛み、測定場所で結果が変わるため、一つの数値を病名や将来の転倒の確定値として使わない。

防ぐ対象は床の段差だけではない

2022年の世界転倒予防ガイドラインは、高リスクの高齢者に対し、歩行とバランス、筋力、服薬、起立時の血圧や心血管系、めまい、補助具、視力と聴力、関節・足部・靴、認知・神経機能、基礎疾患、住環境、栄養、排尿、痛みを含む多因子評価を勧告している。評価で見つかった要因に合わせ、運動、服薬の見直し、住環境の調整などを組み合わせる。

消費者庁は、自宅の転倒対策として、浴室・脱衣所の滑り止め、段差・階段・玄関の手すりや滑り止め、電源コードが通り道に来ない家具配置を挙げている。こうした環境対策は多因子評価の一部であり、筋力やバランス、見え方、履物、補助具、立ちくらみが未評価のままでは、室内を片付けただけで転倒リスク全体を扱ったことにはならない。

薬は処方数だけで判断せず、処方薬、市販薬、漢方薬、サプリメントを一つの一覧にする。医薬品医療機器総合機構(PMDA)は、処方薬を自己判断で中止・増減せず、複数の医療機関や薬局を利用する人は市販薬を含む全ての使用薬を医師・薬剤師へ伝えるよう案内している。眠気やふらつきが薬の開始・変更後に出た場合は、薬名、変更日、症状の時刻を一緒に示す。

高齢者の周囲に筋力とバランス、視聴覚、足部と靴、薬、補助具、住環境の転倒要因を並べた図

FAST-2──4分で改善したのは三つの機能検査

機能的活動筋力トレーニング(Functional Activity Strength Training、FAST)-2は、米国の65歳以上で、運動習慣が乏しく歩行困難がある人を対象にした12週間のランダム化比較試験である。97人を運動群44人と開始を遅らせる対照群53人に分け、腕立て伏せ、椅子立ち上がり、座位で両腕を使ってゴムバンドを引く運動、踏み台昇降を各30秒、間に30秒休んで毎日行い、開始時と第2、4、8週のビデオ指導、毎日のメール、隔週の成績通知を組み合わせた

12週後、運動群は対照群より5回椅子立ち上がりが2.3秒短く、片脚立位が3.6秒長く、30秒椅子立ち上がりが4.2回多かった。実施率は研究日数の81%だった。これらは立ち上がりとバランスの検査値であり、転倒回数、骨折、入院、日常生活での長期的な自立を直接測った結果ではない。

「4分」という数字から、種目だけを切り出さない。参加者は姿勢、難易度、進め方の個別指導を4回受け、毎日報告した。2994回の運動中、介入との関連が否定できない整形外科領域の有害事象は6人に7件あり、3人が医療機関を受診し、うち1人は一晩の経過観察を受けた。

研究期間は3カ月で、対象者は97人に限られ、インターネットを使えない人は除外された。論文は4分間で一般人口の体組成や心血管の健康が改善するとは示しておらず、長期の継続と標準的な機能検査での追試を課題に挙げた。著者の一人が運動研究の普及事業を試すBandUp, Inc.とPlay Fitness, LLCの共同所有者であることも開示されている。

FAST-2試験の97人の分け方、12週間の運動、三つの機能検査の変化と未検証項目を示す図

転倒予防の根拠は筋力・バランスを組み合わせた運動

世界保健機関(WHO)の身体活動指針を支えた2020年の系統的レビュー(systematic review)は、地域で暮らす60歳以上を対象にした116試験、2万5160人を集計し、64試験の統合解析で運動により転倒率が23%下がったと報告した。根拠の確実性は高いと評価された一方、運動の種類で効果は異なり、筋力トレーニングだけの効果は不確実だった。

厚生労働省の「身体活動・運動ガイド2023」高齢者版は、筋力、バランス、柔軟性などを組み合わせた多要素運動を週3日以上行うことを勧め、身体機能が低下した高齢者では転倒に注意して強度と量を調整するとしている。4分間の筋力運動を、転倒予防プログラム全体の代わりには置いていない。

世界転倒予防ガイドラインが勧めるのも、バランスに安全な負荷をかける立ち上がりやステップなどを本人に合わせ、少なくとも12週間、週3回以上続けて段階的に進める方式である。FAST-2と同じ4種目・1日4分の方式について、日本人での有効性や日本の公的事業への標準導入を示す資料は、本稿の執筆時点で確認できていない。

自宅で始める前に確認する三つの境界

  1. 救急の境界:急に立てないほどふらつく、片側の脱力、ろれつの異常、呼吸困難、意識の変化があれば運動を始めず119番へ連絡する。
  2. 専門評価の境界:過去1年の転倒、反復する転倒、歩行補助具、起立時のめまい、急な機能低下、最近の骨折や手術がある人は、種目と難易度を決める前に医療・リハビリテーション専門職の評価を受ける。
  3. 中止の境界:厚生労働省は、運動中の胸痛、動悸、めまい・ふらつき、冷や汗、普段と異なる強い疲れ、強い関節痛や筋肉痛が出た場合は直ちに運動を中止するとしている

開始前には、乾いた平らな場所、動かない椅子、足に合う履物、十分な照明を確保し、転倒時につかもうとして動く家具を支えにしない。回数や抵抗を増やす基準は、痛みやふらつきの有無、姿勢を保てるか、本人の生活目標を踏まえて個別に決める。

小児・妊娠中の人、持病・常用薬のある人

FAST-2は65歳以上で歩行困難がある人を対象にした試験であり、小児や妊娠中の人へ4分間プログラムを当てはめる根拠ではない。心臓・呼吸器・神経・整形外科領域の持病がある人、認知機能が低下した人、転倒歴がある人では、運動の安全条件、見守り、補助具、進め方が異なる。

常用薬がある人は、薬を減らしてから運動するという自己判断を避け、お薬手帳と処方薬・市販薬の一覧を医師または薬剤師へ示す。最近の入院、骨折、手術、急性疾患がある場合も、成人一般の運動量をそのまま当てはめず、治療内容を知る専門職が開始時期と負荷を判断する。

日本での相談先──医療と地域包括支援センター

急性症状ではない歩行の変化や転倒は、かかりつけ医へ開始時期、転倒した場所と回数、頭部打撲や意識消失の有無、痛み・めまい、使用中の薬と補助具を伝える。原因に応じ、リハビリテーション、視聴覚、足部、循環器・神経系、服薬、住環境の評価へつなぐ。

厚生労働省の後期高齢者向け質問票の資料は、歩行速度の低下や転倒歴がある場合に市町村の介護予防教室、両方があり身体機能が大きく低下した場合に地域包括支援センター、疾患が疑われる場合に医療機関へつなぐ例を示している。住宅内の段差解消や手すり、杖なども、本人の機能と転倒場面を評価して選ぶ。

厚生労働省は、地域包括支援センターを市町村が設置し、高齢者の総合相談、介護予防に必要な援助、地域の支援体制づくりを担う機関と位置付け、都道府県別の案内を掲載している。利用できる評価、介護予防教室、訪問支援、住宅改修の相談経路は自治体で異なるため、住んでいる市区町村の窓口で確認する。

よくある質問

1日4分で転倒を防げるのか
FAST-2が示したのは三つの機能検査の改善で、転倒や骨折の減少ではない。転倒予防には、筋力とバランスを含む運動を本人に合わせ、多因子評価で見つかった服薬、視聴覚、足元、住環境などの要因も扱う。

歩く速度が遅ければ病気なのか
速度だけでは診断できない。以前との変化、痛み、息切れ、めまい、左右差、方向転換、転倒歴、補助具、薬の変更を合わせて医療者へ伝える。急に立てないほどふらつく、片側に力が入らない、ろれつが回らない場合は119番の対象である。

転んでもけががなければ評価は要らないのか
転倒歴は次の評価を考える情報になる。転んだ場所、回数、起き上がれたか、意識を失った可能性、転ぶ不安による外出減少を記録し、歩行・バランス、服薬、視聴覚、靴と住環境の確認へつなぐ。

ふらつく薬は家族が止めてよいのか
自己判断では中止・減量しない。薬名、開始・変更日、症状が出る時刻を記録し、処方薬、市販薬、漢方薬、サプリメントの全てを医師・薬剤師へ示す。