遠隔操作(Teleoperation)は、外科医の手の動きを離れた機械へ伝え、器具を動かす方式だ。米カリフォルニア大学サンディエゴ校(UCサンディエゴ校)のチームはこの方式を汎用の人形ロボットに組み込み、生きた豚2例の腹腔鏡下胆嚢摘出術を完遂した。ロボットが切る位置や手順を決めたわけではない。外科医が操作卓から器具を動かし、ベッドサイドでは人の外科医らが支援した前臨床試験である。

豚2例で何を確かめたのか

2026年7月8日付のNature論文は、汎用器具を使う人形ロボットの腹腔鏡手術基盤を、ベンチ試験、経験の異なる参加者による模擬手術、生きた豚を使う試験の順に評価した。ロボットにはUnitree G1を使い、市販の手首可動型腹腔鏡器具を独自の接続部品で手に取り付けた。操作卓には左右の入力装置、内視鏡映像を見るヘッドセット、器具の出し入れを制御するペダルを備えた。

実施したのは腹腔鏡下胆嚢摘出術2例だ。腹部へのポート留置は外科医が行い、その後に人形ロボットを手術台の脇へ配置した。著者公開版によると、外科医が人形ロボットを直接操作した時間は1例目が56分15秒、2例目が31分59秒で、位置合わせや再校正を伴うロボットの配置回数は8回から4回に減った。32分という数字は手術室への入室から退出までの総時間ではなく、外科医が操作卓で器具を動かした時間を指す。

医師が操作卓に座り、遠隔操作用の機器を扱う様子(イメージ)

2例とも開腹手術や通常の腹腔鏡手術への切り替えはなかった。1例目に重大な術中合併事象はなく、2例目では軽い胆汁漏れと肝床からの出血が生じ、吸引と電気焼灼で処置された。ただし、胆嚢管のクリップと胆嚢動脈の結紮は対応器具がなかったため、ロボット操作をいったん外して腹腔鏡で行った。

「2台だけで手術」ではない

実験を自律手術として受け取るのは誤りだ。手術を進める判断と器具操作は外科医が担った。論文が記す標準構成は、操作卓の外科医1人とベッドサイド助手1人である。助手はカメラ操作、組織の牽引、視野の確保、カメラ洗浄、器具調整を受け持った。

論文本文は、2台目の人形ロボットがカメラ保持と組織牽引を担ったのは1例目の短い区間であり、2例ともベッドサイド支援の大半は人が担ったと明記している。2台のロボットが全工程を人の介入なしで完了した実験ではない。実証の中心は、汎用の人形ロボットが人向けの腹腔鏡器具を遠隔操作で扱い、生体内の手術工程を進められるかという技術的な実現性にある。

清潔な室内で動く精密な機械アーム(イメージ)

ダヴィンチとの差──汎用機と専用医療機器

ダヴィンチXiも、術者が操作卓から器具を動かす点では今回の人形ロボットと共通する。医薬品医療機器総合機構(PMDA)が公開する添付文書は、ダヴィンチXiを、操作卓のハンドコントロールの動きを検出して患者側のアームへリアルタイムで伝えるマスタースレーブ方式の手術用ロボット手術ユニットと説明している。この装置も、手術計画を自ら立てる自律ロボットではない。

異なるのは設計の出発点と完成度だ。ダヴィンチXiは専用器具、安全機構、滅菌手順を含めて手術用に設計され、日本で承認された医療機器である。今回の基盤は市販の汎用人形ロボットに接続部品と制御系を加え、人が使う腹腔鏡器具を持たせた研究用システムだ。

性能差は模擬手術にも表れた。医療訓練を受けた13人が6個の物体を移す課題では、平均所要時間が人形ロボットで560.1秒、ダヴィンチXiで118.2秒だった。平均エラー数も人形ロボットの6.25回に対し、ダヴィンチXiは1.33回だった。これは胆嚢摘出術の所要時間を直接比べた数字ではないが、汎用機の実現性と臨床用システムの成熟度が同じではないことを示す。

人体への使用を隔てる三つの壁

第一は安定性だ。呼吸に伴う位置変化やロボット本体のずれで、器具が腹壁を通る支点の推定位置が動いた。再校正や本体の置き直しには通常3分以上かかり、各症例で複数回の長い中断が生じた。参加した外科医らは、可動域と力の不足、制御遅延、過熱も課題に挙げた。

第二は滅菌である。研究ではロボットの腕を手袋で覆って清潔を保ったが、論文はこの方法が人体手術の滅菌工程を完全には再現せず、市販の人形ロボットには高圧蒸気滅菌に対応する部品がないと指摘する。センサーや位置合わせの精度を損なわず、手術野に近い部分を確実に隔離する方法は未確立だ。

第三は臨床試験と規制審査だ。今回の報告は豚2例の前臨床試験で、人体での安全性や有効性を評価していない。Unitree G1を基盤とするこの手術システムについて、日本での医療機器承認や人体を対象とした臨床試験を示す公的資料は、本稿の執筆時点で確認できていない。ダヴィンチとの価格だけを並べても、承認取得、品質管理、保守、教育にかかる費用は比較できない。

人形ロボットが立つ姿と周囲の機械設備(イメージ)

完全自律はどの段階か

手術ロボットの自律性を論じる際は、遠隔操作と自律判断を分ける必要がある。2024年の系統的レビューは、2015〜2023年に米食品医薬品局(FDA)が認可した手術ロボット49機種を、医師の指示を実行するレベル1から完全自律のレベル5までの5段階で分類し、86%がレベル1、条件付き自律のレベル3が6%、レベル5はゼロだったと報告した

この集計はFDA認可機器を対象とし、未承認の今回の人形ロボットを含まない。したがって、49機種との順位比較には使えない。読み取れるのは、臨床で使われる手術ロボットの中心がなお医師主導の支援装置であり、豚で遠隔操作に成功したことと、機械が自ら手術を計画して実行することの間には大きな隔たりがあるという現状だ。

よくある質問

人形ロボットが自分で胆嚢を摘出したのか
自律手術ではない。外科医が操作卓からロボットの器具を動かし、人の助手がベッドサイドでカメラ操作や器具調整を担った。ロボットは外科医の判断を実行する遠隔操作端末だった。

32分で手術が終わったのか
31分59秒は2例目の「外科医が操作卓で器具を動かした時間」で、準備、ポート留置、再配置などを含む総手術時間ではない。1例目の同じ指標は56分15秒だった。

ダヴィンチと同じ性能なのか
同じとは確認されていない。両者は外科医が操作する点で共通するが、模擬手術ではダヴィンチXiの所要時間が短く、エラーも少なかった。今回の人形ロボットは豚2例の研究用システムで、臨床用医療機器としての評価を受けていない。

日本の病院で使えるのか
今回のシステムについて、日本での医療機器承認や人体臨床試験を示す公的資料は確認できていない。日本で承認済みのダヴィンチXiと同列には扱えない。