伸縮エレクトロニクス(Stretchable Electronics)は、配線や素子そのものを曲げ、引き伸ばして使う電子回路だ。皮膚に貼るセンサーや体内で組織に接する機器への応用が想定されるが、研究室で伸びる回路を作ることと、医療機器として長期間使うことの間には大きな隔たりがある。2026年に発表された二つの研究は、そのうち配線の作り方と演算素子の集積という異なる課題を扱った。

液体金属を77ケルビンで高分子へ移す

一つ目は、韓国科学技術院(KAIST)を中心とするチームの液体金属粒子配線だ。ガリウム系の液体金属は変形しやすく電気も通す一方、表面張力が高く、基板になじみにくい。細かな線を広い面積へ安定して形成する製造工程が壁になっていた。

Nature Communicationsに2026年2月26日付で掲載された論文によると、チームは液体金属粒子をシリコンウエハー上でパターン化し、高分子を重ねた後、77ケルビンの低温で転写した。高分子の内部に粒子の導電経路が埋め込まれ、活性化後の導電率は1.71×10⁶ S/mに達した。PDMS上の配線へ50%と70%のひずみを1000回加えた試験でも、抵抗変化は安定していた

成果は配線材料の数値だけにとどまらない。研究チームは4インチウエハーで製造し、皮膚上で心電図、筋電図、グルコース濃度に応じた電流変化を測る試作センサーを作った。体内用途の実験では、ラットの坐骨神経を刺激し、筋電図を記録した。ヒトを対象にした評価は、研究チームに所属する健康な男性2人の皮膚上で実施した装着試験であり、人体への植込み試験ではない。

従来型の配線に亀裂が入った状態と、液体金属の導電経路が保たれた状態を上下に並べた模式図

伸びる演算回路を1平方センチに1万素子

二つ目は、シカゴ大学、アルゴンヌ国立研究所などのチームが作った有機電気化学トランジスタ(Organic Electrochemical Transistor、OECT)の回路である。OECTは電流と電解質中のイオン移動を使って信号を処理する。柔らかな材料で作れる反面、電解質のパターンを細かく分けて多数の素子をそろえる製造法が課題だった。

Nature Electronicsが2026年5月20日に公開した論文は、1平方センチ当たり最大1万個のOECTを備えた伸縮アレイを報告した。素子のばらつきを抑えたことで、心臓発作リスクの評価や電気的な伝播波面の位置を求めるニューラルネットワークを回路上に実装した。ここでの「AI」は完成した診断機器を指すのではなく、学習済みの計算を伸縮する回路で実行したという意味だ。

シカゴ大学の発表によると、提供されたヒト心臓のマッピングデータを使った実験では、回路を元の長さの1.5倍超に伸ばした状態でも、電気的な波面の位置を99.6%の精度で特定した。処理は外部サーバーへ送らず、回路上でミリ秒単位に完了した。99.6%は保存されたデータを使った波面位置の演算結果で、患者を対象に病気を見分けた臨床診断の精度ではない。

導電率、トランジスタ密度、波面位置の演算精度、回路の伸長率を示す四つの情報カード

二つの研究が解いた問題は同じではない

液体金属粒子の研究が主に示したのは、伸びても電気を通す配線を高分子の中へ作り込み、ウエハー規模へ広げる工程だ。OECTの研究が扱ったのは、伸びる演算素子を高密度に並べ、ニューラルネットワークの計算を現場で動かす工程である。前者が信号を運ぶ道を、後者が信号を処理する回路を受け持つ。別々の論文であり、両者を組み合わせた一つの医療機器が検証されたわけではない。

実用化に必要な評価も残る。液体金属の論文は6カ月の電気的安定性や細胞を使った試験を報告したが、植込み後の長期的な組織反応、滅菌工程の影響、量産時の均一性まで確定したものではない。OECTの論文も回路とアルゴリズムの実証が中心で、患者を対象とする臨床試験ではない。材料試験の好成績を、ペースメーカーや連続血糖測定器の寿命や診断性能へ直接読み替えることは避ける必要がある。

日本で製品になるまでの審査

日本では医療機器の製造販売に必要な手続きがリスクで変わる。医薬品医療機器総合機構(PMDA)は、クラスIを届出、認証基準のあるクラスIIを第三者認証の対象とし、患者へのリスクが高いクラスIIIとIVは原則として厚生労働大臣の承認を要すると説明している。植込み用途を掲げる材料研究が、そのまま承認済み医療機器になるわけではない。

新しい回路材料には、人体との接触を踏まえた評価も要る。PMDAの公式資料は、日本で医療機器を製造販売する際、ISO 14971に沿うリスク管理の中でISO 10993-1に従った生物学的安全性評価を求め、製造工程、使用方法、人体との接触部位と期間、原材料、添加物、滅菌後の残留物を考慮するとしている。伸縮性や導電率は評価項目の一部にすぎず、最終製品としての安全性と性能を別に示さなければならない。

両技術を採用した医療機器が日本で承認されたことを示す公的資料は、本稿の執筆時点で確認できていない。これは該当製品が存在しないとの断定ではなく、公開資料から確認できた研究段階と承認段階の間に情報の空白があるという意味である。

手袋を着けた研究者が透明な伸縮回路の試料を確認する様子(イメージ)

よくある質問

液体金属粒子の回路は、一般的な軟性回路と何が違うのか
今回の製法では、液体金属粒子のつながりを高分子の内部に埋め込む。引っ張られた際にも粒子間の導電経路が残り、配線の抵抗変化を抑える設計だ。論文が示したのは特定の材料と試験条件での結果で、あらゆる軟性回路より長持ちするとの比較ではない。

99.6%の精度なら、心臓病を診断する機器として使えるのか
その数値は、提供された心臓マッピングデータから電気的な波面の位置を求めた演算精度だ。患者を対象に疾患の有無や治療効果を評価した値ではなく、医療機器としての診断性能を示していない。

二つの技術はすでに一つの装置へ統合されたのか
統合されていない。液体金属粒子配線とOECTアレイは別の研究チームが発表した成果で、製造法も検証内容も異なる。両方を搭載した植込み型装置の安全性や性能は検証されていない。