ヘリコバクター・ピロリ(Helicobacter pylori、ピロリ菌)は、胃の粘膜に持続感染し、胃がんの発生リスクを高める細菌だ。国立がん研究センターは、感染の有無を知り、感染している場合に除菌を検討することを胃がん予防の一つに挙げる一方、除菌後も胃がんが発生するため定期検査が必要だとしている。
ピロリ菌感染を調べる検査、胃がんを見つける検診、感染を治療する除菌は、それぞれ目的が違う。便中抗原の陽性は現在感染を示す材料になるが、胃がんの診断ではない。日本の対策型検診と陽性後の診療を分けて考える必要がある。
吐血・黒い便・続く激痛は119番
厚生労働省は、突然の激しい腹痛、激しい腹痛が続く、血を吐く、便に血が混じる、真っ黒い便が出る場合を、成人が迷わず119番へ通報する症状に挙げている。ピロリ菌検査や次回の検診を待つ場面ではない。顔色が明らかに悪い、急に立てないほどふらつく、息苦しいといった症状が重なる場合も救急要請を優先する。
国立がん研究センターは、胃がんは早期では自覚症状がほとんどなく、胃の痛みや不快感、胸やけ、吐き気、食欲不振、食事のつかえ、体重減少がある場合は検診を待たず内科や消化器内科を受診するよう案内している。これらの症状は胃炎や胃潰瘍でも起こり、症状だけで病名は決まらない。
国の胃がん検診──50歳以上、2年に1回
国が推奨する胃がん検診は、50歳以上の男女が2年に1回、胃部X線検査または胃内視鏡検査を受ける仕組みだ。当分の間、胃部X線検査は40歳以上を対象に年1回実施してもよいとされる。多くの市区町村では費用の大部分を公費で負担し、受診者が一部を支払う。実施年齢、検査方法、自己負担額は住所地の案内で確かめる。
同センターは、ペプシノゲン検査、ピロリ菌抗体検査、両方を組み合わせるABC検査について、胃がん死亡を減らす根拠が不十分で不利益が利益を上回るため、胃がん検診として推奨していない。便中抗原検査も国の対策型胃がん検診の項目ではなく、ピロリ菌の現感染を調べる検査として位置づけられる。
全国一律の対象年齢を設けた公費のピロリ菌検査は、本稿執筆時点で確認できていない。自治体からピロリ菌検査の案内を受けた場合は、国の胃がん検診か独自事業か、対象、費用、陽性後の受診先を公式サイトで確かめる。
便中抗原、抗体、呼気──検査ごとに違う役割
同学会は2022年、血清抗体価は現在の感染状態をそのまま反映しないため、抗体陽性だけで除菌せず、尿素呼気試験、便中抗原検査、迅速ウレアーゼ試験などで現感染を確認するよう注意喚起した。検査結果を持って受診する際は、検査法、検査日、過去の除菌歴を医師に伝える。
便中抗原検査と大腸がん検診の便潜血検査は、同じ便を検体とするが測るものが違う。前者はピロリ菌の現感染、後者は便中の血液を調べる。全国一律に一度の採便で両方を行う制度は本稿執筆時点で確認できず、別々の採取容器や提出日を自己判断でまとめない。
保険除菌は「内視鏡で胃炎確認+感染陽性」
厚生労働省の2013年の取扱いでは、ピロリ菌感染胃炎に対する保険除菌は、内視鏡で胃炎を確定し、除菌前の感染検査で陽性を確認した人が対象になる。健診の抗体陽性や便中抗原陽性が、単独で胃がんの診断や保険除菌の開始を意味するわけではない。
国際がん研究機関(International Agency for Research on Cancer、IARC)が2026年3月に公表した作業部会報告は、無作為化試験でピロリ菌治療により胃がん発生が36%、胃がん死亡が22%減少したとまとめた。これは複数集団をまとめた値で、個人の発症確率が36ポイント下がるという意味ではない。IARCは集団対策に、信頼できる検査、地域の耐性状況に合う治療、抗菌薬耐性の監視、品質管理が必要だとしている。
除菌では、医師が胃酸分泌を抑える薬と抗菌薬を組み合わせて処方する。日本ヘリコバクター学会は、飲み忘れや自己判断による減量で除菌に失敗する割合が上がり、耐性菌を生む可能性があるため、薬物アレルギーや常用薬も治療前に医師へ伝える必要があるとしている。処方を自分で変えず、副作用が出た場合は処方元へ連絡する。発熱や腹痛を伴う激しい下痢、血便、強い皮膚症状、アレルギー反応が現れた場合は服用を中止し、直ちに医師へ連絡する。
小児・妊婦・持病のある人は個別に相談
ここまでの保険診療と除菌の流れは、一般成人を中心とした整理だ。小児、妊娠中・授乳中の人、持病や常用薬のある人、抗菌薬でアレルギーを起こしたことがある人は、一般成人の手順をそのまま当てはめず、検査前と治療前に医師へ相談する。常用薬を自己判断で中止しない。
感染は乳幼児期が中心──食卓だけを原因にしない
日本ヘリコバクター学会は、ピロリ菌は口から感染し、感染しやすい時期は乳幼児期で、家庭内と環境を含む複数の経路が考えられ、成人後の感染はまれだとしている。この説明は、同じ食卓を囲んだ事実だけで個人の感染源が決まることを意味しない。家族内に感染者がいる場合の検査は、年齢や症状、既往歴を基に医師と検討する。
服薬終了から4週間以上後に除菌判定
日本ヘリコバクター学会は、除菌薬の服用終了から4週間以上あけ、尿素呼気試験や便中抗原検査などで菌が消えたかを判定するよう案内している。症状が軽くなったかどうかは除菌成功の判定にならず、抗体は成功後も陽性が続く場合がある。指定された時期の判定検査まで受ける。
日本消化器内視鏡学会は、除菌後も萎縮性胃炎や腸上皮化生が残る人では胃がんリスクがゼロにならず、定期的な胃内視鏡を勧める一方、最適な検査間隔は定まっていないとしている。除菌前の胃粘膜、過去の胃がん治療、家族歴などで追跡方針が変わるため、主治医が示した日程を優先する。
よくある質問
ピロリ菌検査が陽性なら胃がんなのか
胃がんの診断ではない。陽性はピロリ菌の感染を示す結果で、検査法によっては現感染の追加確認が要る。胃がんの有無は胃内視鏡や組織検査などで調べる。
日本の公費胃がん検診で便中抗原検査を受けるのか
国が推奨する対策型検診は、50歳以上が2年に1回受ける胃部X線検査か胃内視鏡検査だ。全国一律の年齢を設けた公費便中抗原検査は確認できず、自治体独自事業の有無は住所地の公式案内で確かめる。
血液の抗体が陽性なら、すぐ除菌薬を使うのか
抗体陽性だけでは決めない。除菌後も抗体が残る場合があるため、尿素呼気試験や便中抗原検査などで現在の感染を確認する。ピロリ菌感染胃炎の保険除菌では、内視鏡による胃炎の確定も要件になる。
便中抗原検査と大腸がんの便潜血検査は同じか
別の検査だ。便中抗原はピロリ菌の現感染、便潜血は便に混じった血液を調べる。一つの採取容器を自己判断で共用せず、各実施機関の説明書に従う。
除菌薬を飲み終えたら治療は完了か
服用終了だけでは完了しない。4週間以上あけて尿素呼気試験や便中抗原検査などで成否を判定する。成功後も胃がんリスクはゼロにならず、主治医が示す胃内視鏡の経過観察を続ける。
出典・参考資料
- 胃がん検診について(国立がん研究センター がん情報サービス)日本の胃がん検診の対象年齢、受診間隔、検査方法、ピロリ菌抗体・ペプシノゲン・ABC検査を推奨しない理由
- 胃がんについて(国立がん研究センター がん情報サービス)胃がんの自覚症状と、症状がある場合に検診を待たず受診する必要性
- こんな時は迷わず119へ(厚生労働省)吐血、血便・黒い便、突然または持続する激しい腹痛など、成人の救急要請の目安
- ピロリ菌に関するQ&A(日本ヘリコバクター学会)感染経路、保険診療、感染検査、除菌判定、副作用、除菌後の内視鏡
- 血清抗体法を用いたヘリコバクター・ピロリ感染診断に関する注意喚起(2022年版)(日本ヘリコバクター学会)抗体陽性だけで除菌せず、別の検査で現感染を確認する必要性
- 疑義解釈資料の送付について(その13)(厚生労働省)ピロリ菌感染胃炎に対する保険除菌の要件
- IARC Working Group Report on Helicobacter pylori screen-and-treat strategies for gastric cancer prevention(International Agency for Research on Cancer)無作為化試験に基づく胃がん発生・死亡の減少と、集団対策に必要な品質管理
- 胃内視鏡検査は何年に1回受ければいいですか?(日本消化器内視鏡学会)ピロリ菌感染、萎縮性胃炎、腸上皮化生、除菌後の内視鏡間隔の考え方