マダガスカルの首都アンタナナリボで、渋滞対策として導入された都市ロープウエーが、一般運行を始めてから数週間で止まった。ゴンドラのないケーブルが市街地の上に残り、移行政権は事業を再開するのか、廃止するのかを示していない。AP通信は、フランスからの融資で約1億7300万ドルを投じたシステムが3年かけて建設され、運行は数週間にとどまったと報じた。
事業を推進したのはアンドリー・ラジョエリナ(Andry Rajoelina)前大統領だ。市内では老朽化して混雑したミニバスが通勤を支え、渋滞が数時間に及ぶ。ラジョエリナ氏は湿地の多い地形ではLRT(Light Rail Transit)の整備が難しく、上空を使う交通が解決策になると主張した。2024年の公開時には、人口30万人を前提に造られた都市に現在は300万人が暮らすと説明し、フランスのエッフェル塔建設になぞらえた。
時間を買う運賃が家計に合わず
計画側が掲げた効果は大きかった。1日最大7万5000人を運び、道路を走る車を2000台減らし、最長3時間の通勤を経路に応じて10〜30分へ縮めるという内容だ。一方、設定された運賃は1回0.70〜0.90ドルで、ミニバスの6〜8倍だった。計画上の時間短縮が大きくても、毎日の往復に払える額を超えれば公共交通として定着しにくい。
世界銀行の貧困評価では、マダガスカルで2022年に人口の75.2%が国内貧困線を下回り、都市部の貧困率は2012年の42.2%から2022年には55.5%へ上がった。AP通信は同じく2022年の世界銀行報告を基に、通勤者の平均月収を約72ドルと伝えている。月収の約1〜2%に当たる運賃を片道ごとに負担する設計だった。
ケープタウン大学交通研究センターの客員講師で公共交通計画のコンサルタントを務めるピーター・オンデルウォーター(Pieter Onderwater)氏は、利用者にとって時間より現金の価値が重く、運賃がミニバスの6倍なら渋滞を選ぶとAP通信に説明した。住民からは、水道や電力など基礎的なサービスを先に整えるべきだとの反発も出た。
経路と停電への不安も利用を阻む
運賃だけが壁ではなかった。ロープウエーは市中心部まで直接入らず、目的地に届かないとの声があった。停電で運行が止まったこともあり、地上20メートルを超える場所で電力が途絶えた際の救助や復旧を不安視する住民もいた。速さ、乗り換えの少なさ、運行の信頼性、負担可能な運賃がそろわなければ、既存交通から利用者は移らない。
フランス上院で2026年4月に公表された書面質問は、総額1億5200万ユーロの融資がフランス財務省の融資と公的保証付き融資で構成され、施設は2025年5〜8月に引き渡されたものの、運行は同年8月中旬から9月末までの一部時間に限られ、恒久的な運営主体も整っていないと指摘した。これは政府の監査結果ではなく、上院議員が政府に回答を求めた文書である。AP通信が伝えた約1億7300万ドルとは通貨と集計時点が異なり、単純には比較できない。
政変で推進者が失脚、再開方針は示されず
水道と電力の慢性的な停止をきっかけに若者主導の抗議が広がり、2025年10月に軍が政権掌握を宣言した。AP通信によると、ラジョエリナ氏は国外へ退避し、同氏の失脚に至った抗議では新設されたロープウエー駅の一部も放火された。事業は交通政策への不満を映す政治的な象徴にもなった。
元陸軍大佐マイケル・ランドリアニリナ(Michael Randrianirina)氏が率いる移行政権は、ロープウエーの扱いを公表していない。建設企業を含む企業連合は2026年3月に設備を点検し、次の対応を決めるための結果を当局へ提出したとAP通信に回答した。再開の費用、必要な修復、運賃の見直し、債務の返済を誰が担うかは未定だ。
都市交通で問われる速さと負担可能性
都市ロープウエーは、道路用地を広く確保しにくい都市で高低差を越える選択肢になる。アンタナナリボの事例が示したのは、設備の輸送力と所要時間だけでは利用を決められない現実だ。既存のミニバスから見た運賃差、勤務地へつながる経路、停電時を含む運行の信頼性が、計画段階で示された便益を上回った。
当面の焦点は、移行政権が設備の安全性と修復費を公開し、運営主体と運賃を含む再建案を示すかにある。計画側が掲げた1日7万5000人という輸送力や2000台の交通量削減は目標値であり、実績ではない。再開の判断には、需要と家計負担を測る独立した検証が要る。
よくある質問
アンタナナリボの都市ロープウエーはいくらかかったのか
AP通信は建設費を約1億7300万ドルと報じた。フランス上院の書面質問は融資総額を1億5200万ユーロとしており、通貨と集計時点が異なるため単純な比較は避ける必要がある。
なぜ利用者が増えなかったのか
1回0.70〜0.90ドルの運賃がミニバスの6〜8倍だったうえ、市中心部へ直接届かない経路、停電による停止と安全への不安が重なった。AP通信が取材した住民は、費用と使い勝手の両面を理由に挙げた。
計画ではどの程度の渋滞緩和を見込んでいたのか
計画側は1日最大7万5000人を運び、道路上の車を2000台減らし、最長3時間の通勤を10〜30分へ縮めるとしていた。いずれも計画上の数字で、達成を示す独立した実績資料は確認できていない。
ロープウエーは再開するのか
本稿の執筆時点で、移行政権は再開、廃止、債務処理の方針を明らかにしていない。建設企業を含む企業連合は2026年3月に点検結果を当局へ提出したが、その内容と判断時期は公表されていない。
出典・参考資料
- This African city thought cable cars could fix its traffic gridlock. It was wrong(Associated Press)建設費、運賃、計画輸送力、運行期間、利用者と交通専門家の証言、移行政権の対応を伝えた現地報道
- World Bank’s Assessment Warns of Rising Urban Poverty in Madagascar and Recommends Broad-Based and Sustained Growth(World Bank)2022年に人口の75.2%が国内貧困線を下回り、都市部の貧困率が55.5%に上昇したとする評価
- Téléphérique d'Antananarivo à Madagascar(Sénat(フランス上院))融資の構成、2025年8月から9月までの限定的な運行、駅の損傷、管理主体が定まっていない状況を列挙した2026年4月の書面質問
- Madagascar’s president rose to power off youth discontent and was taken down by it(Associated Press)2025年10月の軍による政権掌握、ラジョエリナ氏の失脚、抗議と駅の被害を伝えた報道