議会侮辱(Contempt of Congress)は、米議会の調査に応じない証人らに対し、議会が刑事責任を問うよう司法省へ求める仕組みだ。米上院国土安全保障・政府活動委員会は2026年8月6日、元国立アレルギー感染症研究所長のアンソニー・ファウチ氏を議会侮辱と認定する決議を8対5で可決した。採決は党派で割れ、民主党議員は全員が反対した。

100回超の黙秘権行使、委員会が8対5で認定

発端は、その1週間前に開かれた新型コロナウイルス対策とウイルス起源をめぐる公聴会である。委員会の公式記録によると、公聴会は7月29日に開かれ、ファウチ氏は1984年から2022年まで国立アレルギー感染症研究所長を務めた元高官として出席した

AP通信によると、ファウチ氏は憲法修正5条が保障する自己負罪拒否特権を100回超行使し、質問への回答を拒んだ。委員長のランド・ポール共和党上院議員は、ファウチ氏には過去の公務を対象とする恩赦があるため連邦訴追の危険はなく、黙秘権行使は認められないと主張した

米連邦議会議事堂のドーム内側に広がる格天井と天井画

ファウチ氏側の見方は異なる。弁護士のデービッド・シャートラー氏は、採決を憲法上の権利行使を罰する党派的な政治行為だと批判した。ファウチ氏は公聴会前の声明で、ポール氏が自らを刑務所へ送ると繰り返し公言してきたため、発言が刑事事件の材料に使われる現実的な懸念があると説明していた。

恩赦が消した危険、残した危険

争点の中心は、バイデン前大統領が退任直前に出した恩赦の範囲である。米司法省恩赦局が公開する文書は、2014年1月1日から2025年1月19日までにファウチ氏が関与した可能性のある連邦犯罪のうち、国立アレルギー感染症研究所長や大統領首席医療顧問などの職務に関連する行為を対象としている

恩赦は過去の連邦犯罪に対する訴追の危険を取り除く。一方、州の犯罪を赦免する権限は大統領にない。恩赦後の公聴会で新たに虚偽の供述をした場合も、過去の恩赦がその責任をあらかじめ消すわけではない。AP通信が取材した法律家の間でも、州法上の訴追可能性や恩赦の有効性を政権側が疑問視してきた事情を踏まえ、ファウチ氏には黙秘権を主張する合理的な理由があったとの見方が出ている。

恩赦によって自己負罪の危険がなくなったとするポール氏に対し、ファウチ氏側と民主党委員は、州法上の訴追や新たな供述をめぐる捜査の可能性が残ると反論している。ファウチ氏の恩赦が質問の全範囲について十分な保護を与えたかは、なお争われている。委員会の採決は、その法的評価を最終決定した司法判断ではない。

司法省は付託を受領、本会議抜きの手続に異論

ポール氏は、上院本会議の採決を待たず、委員会決議を司法省へ直接送る方針を取った。AP通信によると、司法省は8月6日夕までに付託を受領し、内容を審査して上院と連携すると表明した。捜査を始めるか、起訴するかについては明らかにしていない。

米議会調査局は、議会侮辱の刑事付託を定める法律には本会議の承認が明記されていないものの、上下両院は長年、本会議で採決してきたと説明する。本会議の採決が必要だと認めた司法判断も少なくとも一つある。さらに、議会からの刑事付託に司法省を起訴させる拘束力はない

このため、委員会決議から直ちに刑事裁判へ進むわけではない。司法省は、付託の手続が有効か、ファウチ氏の黙秘権行使に合理的な根拠があったか、起訴を支える証拠があるかを別々に判断する必要がある。議会侮辱認定は政治部門による決定であり、有罪判決とは明確に区別される。

監督権限と証人の権利、先例をめぐる対立

共和党側は、恩赦を受けた証人が広範に回答を拒めば、議会調査が成り立たなくなるとみる。民主党側は、刑事手続で圧力をかけても今回の質問への回答は得られず、将来の証人と議会監督の双方に悪い先例を残すと反論した。対立は新型コロナの起源そのものより、恩赦後の証人にどこまで証言を強制できるかという制度上の問題へ移っている。

次の節目は、司法省が付託を正式な捜査や起訴へ進めるかどうかである。本会議を経ない付託の扱いと、連邦恩赦では消えないとファウチ氏側が主張する危険の具体性が、今後の判断を左右する。

よくある質問

ファウチ氏への恩赦は何を対象としているのか
2014年1月1日から2025年1月19日までの行為のうち、研究所長や大統領首席医療顧問などとしての公務に関連する連邦犯罪が対象である。州法上の犯罪や、恩赦後の新たな行為は対象外だ。

恩赦を受けると黙秘権は一切使えなくなるのか
訴追の危険が完全に取り除かれた事項については、証言を拒む根拠が失われうる。ただし今回の恩赦が質問の全範囲を覆うか、州法上の危険が具体的にあるかについて当事者の評価は対立している。

委員会の採決でファウチ氏は有罪になったのか
有罪にはなっていない。委員会は司法省へ刑事責任の検討を求めた段階であり、司法省が起訴するかどうかも決まっていない。

なぜ上院本会議を経ない付託が問題になるのか
法律は本会議採決を明文で要求していないが、長年の議会慣行では本会議が付託を承認してきたためだ。本会議の採決を必要とした司法判断もあり、今回の手続の有効性は確定していない。