音声刺激への脳波反応から、乳児のその後の言語・コミュニケーション発達を予測する研究手法がある。香港中文大学のチームが2021年に発表したモデルは、広東語を使う家庭の乳児118人を追跡し、四つの指標の二群分類でROC曲線下面積(AUC)0.89〜0.92を示した。ただし、0.92は「92%の乳児を正しく診断した」という意味ではない。研究が測ったのは幼児期の言語指標の分類性能であり、言語発達の遅れを新生児期に確定診断する検査ではない。

乳児が音を聞く間の脳波を測定

研究で使われたのは、聴覚刺激に対する脳の電気的な反応を頭皮上の電極で記録する脳波検査(Electroencephalography、EEG)だ。乳児に異なる声調の音声を聞かせ、聴覚神経系が音の高さをどの程度忠実に符号化しているかを調べた。乳児が言葉を話したり、検査者の指示に答えたりする必要はない。

香港中文大学の研究紹介は、頭皮に金属製の電極を付け、イヤホンから中国語の音声を流して神経系の反応を約30分記録したと説明している。大学は将来、新生児聴覚検査と組み合わせる構想にも触れたが、これは研究チームが示した将来像であり、今回の試験で新生児の集団検診としての有効性を確かめたわけではない。

音声刺激の提示、脳波の記録、アルゴリズム解析、予測結果までの流れを示す図

「92%」ではなく、最大AUC 0.92

査読論文では、広東語を使う家庭から募った健康な乳児118人が参加し、脳波測定時の月齢は平均3.8か月、範囲は0.8〜12.4か月だった。全員が出生後の聴覚検査を通過し、113人は在胎37週以上で生まれていた。研究チームは脳波測定から3〜16か月後、対象児が8〜18か月になった時点で、保護者回答式のマッカーサー・ベイツ・コミュニケーション発達目録(MacArthur–Bates Communicative Development Inventories)の中国語版を使って発達を評価した。

機械学習モデルが予測したのは、初期の身ぶり、後期の身ぶり、語彙理解、語彙表出の4指標である。二群分類のAUCは順に0.92、0.91、0.90、0.89、三群分類では0.88、0.89、0.85、0.85だった。AUCは、値が高い群と低い群をモデルがどれだけ識別できるかを全ての判定しきい値にわたって示す指標だ。実際の検診で陽性・陰性を何人正しく判定するかは、しきい値、対象集団での頻度、感度と特異度の組み合わせで変わる。したがって、最大AUC 0.92を診断の正答率92%と読み替えるのは適切ではない。

追跡時点にも注意が要る。研究が評価したのは8〜18か月時の言語・コミュニケーション指標で、3歳時の診断結果ではない。論文の著者らも、発達性言語症などカテゴリー化された診断状態を予測できるかを確かめるには、より長期の研究が必要だと結論づけている。

行動観察による発達評価と乳児期の脳波測定の時期を比較した図

日本の健診と同じ検査ではない

日本では、市町村が1歳6か月児健診と3歳児健診を実施している。厚生労働省の実施要綱は、1歳6か月児健診の目的を、歩行や言語など発達の指標が得やすくなる時期に障害を早期発見することとし、一般健康診査の項目に精神発達の状況と言語障害の有無を挙げている。3歳児健診も発達と言語障害を確認する。今回の脳波モデルは、こうした健診や専門職による発達評価を置き換えるものとして検証されていない。

新生児聴覚検査とも目的が異なる。日本の新生児聴覚検査は、自動聴性脳幹反応(自動ABR)や耳音響放射(OAE)を使い、聴覚障害を早く見つけて精密検査と支援につなぐ仕組みだ。こども家庭庁は2024年12月に実施通知を改正し、出生児への早期検査、確認検査、精密検査機関との連携を自治体と分娩取扱機関に求めている。音への脳幹反応を使う自動ABRと、音声の神経符号化から将来の言語指標を予測する研究モデルは、電極と音刺激を使う点が似ていても、測定目的と判定対象が異なる。

保護者が見守る中で幼児の発達を評価する支援者(イメージ)

臨床導入までに残る検証

最初の課題は対象集団の広がりだ。参加者は広東語を使う家庭から募った便宜標本で、無作為抽出ではない。香港中文大学は2021年時点で広東語と普通話を対象に開発を進め、英語での精度を海外の大学と調べていると説明していた。言語の音韻体系や家庭環境が異なる集団でも同じ性能が得られるかは、独立した外部検証を要する。

検診として使うなら、精度以外の確認も欠かせない。測定に失敗する割合、再検査が必要になる条件、要精査と判定された子どものうち実際に発達上の課題が確認される割合、偽陽性が保護者や支援体制に与える負担を前向き研究で調べる必要がある。どの判定結果をどの支援につなげるかも、検査の導入前に決める論点となる。

日本語環境の乳児で同じモデルが外部検証されたことや、日本国内で言語発達を予測する検査として臨床導入されたことを示す公的資料は、本稿の執筆時点で確認できていない。現段階で示されているのは、乳児期の聴覚神経反応に後の言語発達を予測する情報が含まれる可能性である。診断や集団検診としての有用性は、その先の検証課題として残る。

よくある質問

この研究は新生児の言語発達遅滞を92%の精度で診断したのか
違う。対象は平均3.8か月、0.8〜12.4か月の乳児で、最大0.92は後の言語指標を二群に分けたモデルのAUCだ。3歳時の診断を92%正答した結果ではない。

日本の新生児聴覚検査で同じ予測を受けられるのか
同じ検査ではない。新生児聴覚検査は聴覚障害の早期発見が目的で、今回の研究モデルは音声への神経反応から後の言語指標を予測した。日本で後者が通常の新生児検査として導入されたことを示す公的資料は確認できていない。

脳波の結果だけで発達支援の要否を決められるのか
この論文からは決められない。研究は単一の便宜標本でモデルを評価した段階にあり、診断状態の長期予測、異なる言語集団での再現性、実際の検診での偽陽性や偽陰性を検証する必要がある。