人工知能(Artificial Intelligence、AI)を使う創薬は、膨大な化合物や標的の候補を計算で絞り込み、実験へ回す順番を決める取り組みだ。資金調達と臨床入りのニュースは増えたが、探索の速さと新薬としての承認は同じ指標ではない。2026年6月のMedCity Newsの寄稿は、2019年以降に約600億ドルが投じられ、約175のAI起点の計画が人体試験へ進んだ一方、米食品医薬品局(FDA)の承認はまだないとの業界集計を紹介した。数字は公的な一括統計ではなく、何をAI起点と数えるかにも幅がある。
20億ドルと「70%短縮」の読み方
BCC Researchが2026年7月14日に公表した市場分析は、AI創薬への直近の投資が20億ドルを超え、候補探索の期間を4〜5年から12〜18カ月へ、研究開発費を30〜40%減らすと説明している。Generate BiomedicinesとExscientiaへの各5億ドル超、Kailera Therapeuticsの6億ドルの資金調達も挙げた。
ここで示された70%は、研究室で標的や候補化合物を見つける「創薬」段階の短縮率だ。人体で安全性と有効性を調べる期間から承認までを一律に70%縮めた実績ではない。発表元は市場調査会社であり、投資判断向けの見通しと臨床試験で検証された結果を分けて読む必要がある。
第1相では80〜90%、第2相では40%
臨床での手掛かりは出始めている。2024年にDrug Discovery Todayへ掲載された分析は、AIで見いだした24候補のうち21候補が第1相試験を通過し、成功率を80〜90%と算出した。第2相を終えた候補は10件で、通過は4件、成功率は約40%だった。第1相の数字は従来の業界平均を上回る一方、第2相は従来と同程度だと著者らは位置づけた。
第1相は主に安全性や忍容性、薬物が体内でどう動くかを確かめる。第2相では患者を対象に有効性の手掛かりを調べるため、候補分子らしい性質を備えていても、狙った病気で効果が表れるとは限らない。24件と10件という標本は小さく、対象疾患や企業の選び方にも左右される。初期段階の差を承認確率へそのまま延長する材料にはならない。
先行候補にも前進と中止
BioPharma Diveが2026年7月17日にまとめた先行例では、Insilico Medicineのrentosertibが小規模な第2相試験を経て中国の52週間の第3相試験へ進んだ。同剤はAIで標的候補を選び、分子設計にも生成モデルを使った。RecursionのREC-4881は第1b/2相試験で開発が続く。一方、Verge GenomicsがAIで標的を見いだしたVRG50635は初期試験後に先へ進まなかった。
これらはAIが一つの結果を生む技術ではないことも示す。標的の優先順位付け、化合物の設計、既存薬の別用途探索、患者の選定など、使われる場所が異なるからだ。「AI創薬」という一つの箱に入れて成功率を比べると、AIが担った範囲と、その後の実験や臨床開発を担った範囲が見えにくくなる。
承認審査──問われるのは品質、有効性、安全性
FDAが示す新薬開発の流れは、探索、非臨床研究、臨床研究、FDA審査、市販後の安全監視という5段階で構成される。臨床研究では人を対象に安全性と有効性を調べ、審査では提出されたデータ全体を確認して承認の可否を決める。AIで候補を早く見つけても、後段で求められる証拠の種類は消えない。
日本でも判断軸は同じ方向を向く。医薬品医療機器総合機構(PMDA)は、医薬品を品目ごとに品質、有効性、安全性の観点から審査し、申請資料が倫理的かつ科学的に信頼できるかを調べると説明している。候補の発見にAIを使ったという事実は、承認の代わりにならない。
日本で追える数字には空白
国内の承認情報から、AIが標的探索や分子設計に使われた品目だけを切り出すのは難しい。PMDAの承認審査は品目ごとの品質、有効性、安全性を扱うが、発見手法を「AI起点」と分類した承認件数の一覧は、本稿の執筆時点で確認できていない。日本での到達点を測るには、企業の発表だけを数えるのではなく、治験の段階、主要評価項目の結果、承認申請と審査報告書を候補ごとに追う必要がある。
現時点の評価は二つに分かれる。候補探索を速め、第1相へ進む分子の性質を改善している可能性は、小規模ながら数字に表れた。一方、有効性が本格的に問われる第2相以降や承認で優位が続くかは確定していない。資金額よりも、各候補がどの試験を終え、次の段階へ進んだかが検証の中心になる。
よくある質問
AIで見つけた新薬はすでにFDAの承認を受けたのか
AI起点の新薬が承認されたとの報告は、2026年6月の業界集計ではまだない。ただし「AI起点」の公的な分類はなく、件数は調査側の定義に依存する。
AI創薬はどの工程を速めるのか
主な対象は、標的候補の探索、化合物の設計と順位付け、実験へ回す候補の絞り込みだ。臨床試験で安全性と有効性を確かめ、規制当局が申請データを審査する工程は残る。
第1相の成功率80〜90%は承認率を意味するのか
意味しない。分析時点で第1相を終えた24候補の成績であり、第2相を終えた10候補の成功率は約40%だった。第3相と承認まで進む確率を示す数字ではない。
出典・参考資料
- AI Drug Discovery Investment Surges to $2+ Billion as Technology Cuts Development Timelines by 70%(GlobeNewswire / BCC Research)2026年7月14日のBCC Research発表。20億ドル超の投資、探索期間と費用に関する同社の推計を掲載している
- How successful are AI-discovered drugs in clinical trials? A first analysis and emerging lessons(PubMed / Drug Discovery Today)AIで見いだした候補の第1相と第2相の成功率を集計した2024年の論文。標本数が小さいとの制約も示す
- How well are AI-discovered drugs faring in the clinic?(BioPharma Dive)rentosertib、REC-4881、VRG50635など先行候補の臨床開発状況を2026年7月時点で整理した報道
- The AI Drug Discovery Race Is Heating Up, Not In the Way You Think(MedCity News)2019年以降の投資額、臨床入りした計画数、FDA承認がまだないとの業界集計を紹介した2026年6月の寄稿
- The Drug Development Process(U.S. Food and Drug Administration)探索、非臨床研究、臨床研究、FDA審査、市販後監視から成る新薬開発の公式説明
- 承認審査業務(申請・審査等)(独立行政法人 医薬品医療機器総合機構)日本で医薬品を品目ごとに品質、有効性、安全性の観点から審査することを示す公式資料