日本の医療データ連携は、診療に使う情報共有と、研究開発に使う二次利用が別々の制度で進む構造だ。前者の中核は全国医療情報プラットフォーム、後者の柱の一つは次世代医療基盤法である。2024年以降は法改正後の認定と電子カルテの標準化が重なり、構想を示す時期から、参加機関と利用実績を積み上げる時期へ入った。ただし、制度ができたことと、全国のカルテがつながったことは同じではない。

複数の医療機関を隔てるデータの壁と接続を表したイラスト(イメージ)

出発点──電子カルテがまだ全施設にない

全国連携の前提となる電子カルテ自体に普及の空白がある。厚生労働省が2026年3月の検討会で示した2023年実績では、電子カルテの導入率は一般診療所55.0%、一般病院65.6%で、未導入病院の9割近くを200床未満の病院が占めた。同省が挙げた障壁は、操作への不慣れと高額な導入費用である。大病院間の接続だけを整えても、地域の診療所や中小病院が加わらなければ患者の経過は途切れる。

政府は2030年末までに電子カルテの普及率を約100%とする目標を掲げる。これは導入台数の目標であり、既存システム間で同じ項目を正しく交換できる状態まで自動的に保証するものではない。導入、標準化、現場の入力運用という三つの段階を分けて見る必要がある。

異なる電子カルテシステムを使う医療機関の接続を表した図(イメージ)

診療でつなぐ全国医療情報プラットフォーム

厚生労働省は電子カルテ情報共有サービスを全国医療情報プラットフォームの一部と位置づけ、診療情報提供書の共有、健診結果の閲覧、患者の臨床情報の閲覧、患者サマリーの本人閲覧という四つの機能を示している。目的は、転院や受診先の変更があっても診療に必要な情報を医療機関と患者が参照することにある。

接続にはデータの書き方をそろえる作業が要る。同サービスの技術解説書は、診療情報提供書、退院時サマリー、健診文書の3文書と、傷病名、アレルギー、感染症、薬剤禁忌、検査、処方の6情報をFHIR(Fast Healthcare Interoperability Resources)の記述仕様と標準コードに準拠させる。紙の記載を画像に置き換えるだけでは交換可能なデータにならず、項目とコードを対応させる改修が必要になる。

医療機関ごとの電子カルテを共通仕様で結ぶ流れを表した図(イメージ)

研究で使う次世代医療基盤法

診療時の共有とは別に、研究開発へ提供する経路も具体化した。2024年4月施行の改正次世代医療基盤法は、従来の匿名加工医療情報に加え、氏名や住所などを削除した仮名加工医療情報を認定利用事業者へ提供する仕組みを新設した。希少疾患名や特異な検査値を削りすぎずに扱えるため研究上の有用性は上がる一方、利用者と利用目的、安全管理を国が認定する仕組みが前提となる。

内閣府は2025年2月28日、理化学研究所とアストラゼネカを初の認定仮名加工医療情報利用事業者に認定した。法改正から利用側の初認定まで進んだことで、制度は条文だけの段階を離れた。ここで扱うのは研究用に加工された情報であり、医師が診療中に別の病院の検査結果を見る仕組みとは情報の流れも責任主体も異なる。

医療データを研究環境へ移す前に識別情報を加工する工程の図(イメージ)

168機関と124件が示す現在地

内閣府の2026年6月末実績では、次世代医療基盤法に協力する医療情報取扱事業者は168機関となった。3つの認定作成事業者が公表した収集規模はそれぞれ約366万人、約281万人、約27万人で、匿名加工・仮名加工医療情報の提供実績は67件、51件、6件だった。人数は事業者ごとの公表値で、同じ人が重複している可能性があるため単純合算して全国の利用者数とは扱えない。提供件数も研究成果や製品化の件数ではなく、制度を通じたデータ提供の実績である。

それでも、協力機関、作成事業者、利用事業者という供給経路がそろい、利用案件が積み上がった意味は小さくない。医療AIの開発側から見れば、単一病院のデータだけでは検証しにくい患者層の違いや希少な症例へ近づく経路になる。医療機関側には、提供の手続き、データ品質の確認、院内システムからの抽出という負担が残る。

医療機関から認定事業者を経て研究者へデータが渡る流れの図(イメージ)

転機の理由は二つの基盤が重なったこと

日本で医療データ活用を「今」の論点として見る理由は、資金規模の大きな一社が現れたためではない。診療の一次利用では全国共通の共有サービスとFHIR対応が進み、研究の二次利用では仮名加工医療情報を扱う認定制度と実績が生まれたためだ。共通仕様で記録されたデータが増えれば、研究用データを整える負担も下がる。研究で見つかった知見を診療へ戻す際にも、標準化された項目は実装の足場になる。

一方、二つの基盤を直結した一つの全国データベースと考えるのは正確でない。全国医療情報プラットフォームは患者の診療と本人閲覧を支え、次世代医療基盤法は認定事業者を介した研究開発を支える。目的外利用を防ぐには、誰が何のためにアクセスし、どこまで持ち出せるのかを制度ごとに示す必要がある。

信頼を左右する同意と拒否の設計

通常の個人情報保護法制では、医療情報の扱いは厳しい。個人情報保護委員会は、病歴、診療情報、調剤情報、健診結果を要配慮個人情報とし、その取得と第三者提供には原則として本人の事前同意が必要で、要配慮個人情報のオプトアウトによる第三者提供は認められないとしている

次世代医療基盤法は、この一般原則に対する法定の経路を設ける。医療機関は最初の受診時に書面で通知し、本人が提供を拒否しない場合に認定作成事業者へ医療情報を提供する。提供は医療機関の義務ではなく、本人は拒否できる。事前に一人ずつ同意を取る方式ではないからこそ、通知が目に入るか、拒否の手順が分かるか、利用目的の変更をどう伝えるかが信頼を左右する。

医療データ活用の便益と本人の選択権を天秤で表した図(イメージ)

制度と標準は、医療データを使うための入口をつくった。次の評価軸は接続施設の実数、拒否手続きの分かりやすさ、提供後の監査、研究成果が医療現場へ戻ったかどうかである。電子カルテ情報共有サービスが全国でどこまで実運用に入ったかを示す接続機関数は、本稿の執筆時点で確認できていない。普及目標と利用実績を分けて追う必要がある。

よくある質問

全国医療情報プラットフォームに全てのカルテが集まるのか
一つの巨大なカルテ保管庫と捉えるのは適切でない。電子カルテ情報共有サービスが扱うのは診療情報提供書や健診結果、6情報など定められた範囲で、医療機関と本人が診療に必要な情報を共有する仕組みだ。

仮名加工医療情報なら個人情報ではないのか
匿名加工医療情報とは異なる。氏名や住所などは削除するが、研究に必要な詳細を残すため、認定された利用者と環境、安全管理、再識別禁止を組み合わせて扱う。

医療AIの開発にすぐ使えるデータが増えるのか
利用経路は広がったが、すぐに学習へ投入できるとは限らない。病院ごとの入力差、欠損、検査機器やコードの違いを確かめる工程が要る。制度上の提供件数は、AIの精度や臨床導入を保証する数字ではない。